紙上座談会③ 投稿者:京都乃鬼 投稿日:2015年 2月 1日(日)09時14分50秒   通報

2015-2-1
京都乃鬼新聞
紙上座談会③

「創価学会に御本尊を認定する権能」について

編集長:今回の教学部解説では、今迄の創価学会の実績、即ち具体的に世界に御本尊を広めてきたのは日蓮正宗ではなく創価学会であった歴史的事実を示し、その正当性を主張しているが?

青鬼:そもそも創価学会が世界192ヶ国-地域に世界広布の道を開いてこられたのは、三代会長の師弟不二の闘いがあったればこそである。

赤鬼:この世界広布の実績は、全て日寛教学に基づいた教義の下、牧口、戸田、池田先生の三代会長に渡る構想、指導性に起因していることは疑いようが無い。

白鬼:今迄の教義の継続性に置いて、御本尊の認定の権能を論ずるのならば実績が伴ってきているので、まだ分かる。

虹鬼:しかし、世界広布をしてきた従来の創価学会教学の一体、何処が、今後の世界広布の妨げになるというのだ?

橙鬼:そうや!なんで今、急に、変更せなアカンのんや?

青鬼:そうだ!その具体的説明が無いではないか!逆に言えば、今迄は世界広布の妨げになる教えを世界192ケ国-地域に流布してしまったということになるぞ!

白鬼:たかが教学部の分際で、事実の上で世界広宣流布してこられた創価三代に渡る教義を勝手に変更するのは、大増上慢である!

橙鬼:執行部や教学部は、池田先生から詳細なご指導を頂いたのか!ハッキリしろと言いたい!

紫鬼:また、一大秘法、六大秘法という日寛上人の解釈が御書に無い事を理由に「今後は用いない」としているが、それを言うならば、御書には、「日蓮大聖人御自身が本仏である」などという一文もない。

白鬼:その通りだ。この教学部の解釈論で行くと、何れは日蓮大聖人が御本仏であることも否定することになる。事実、身延派はそうやって学会を批判してきたんだ。これにどう答えるんだ!

紫鬼:「曽谷入道殿許御書」の「一大秘法」についての教学部の解釈は浅すぎる。本当に、これが教学部か。どこぞの素人が書いているのではないか?

紅鬼:「六大秘法という用語は、今後用いない」というのも深刻だ。六大秘法とは、本尊に人・法、戒壇に義・事、題目に信・行に立てることだ。これを「今後用いない」ということは、人本尊、すなわち日蓮大聖人が御本仏であることを否定するのではないか。

紫鬼:ありうるな。今回、「事の戒壇」は完全否定した。「義の戒壇」だけが「本門の戒壇」だと決めつけた。「事の戒壇」である正本堂を造ったことは、全く無意味だったと決めつけたも同然だ。あの時の御供養も無駄金だったということか?

紅鬼:師匠である池田先生が教義変更に関するご発言が無い中、弟子である原田会長、執行部、教学部が勝手に言い出したんだ。

橙鬼:そんな教団による「認定」だけで御本尊の正当性を決めるのはおかしいやん!今後は原田会長が書いた御本尊でも、教団として「認定」すれば「本門の本尊」になってしまうぞ!

編集長:まとめて見よう。
後世に語り継ぐ為、少し専門的になるが、ご容赦願いたい。

まず、教学部解説では、日寛教学(六巻抄)の主要部分を否定した。特に今回は、六巻抄の「依義判文抄」や「文底秘沈抄」の三大秘法論への全否定だった。

紫鬼:その通りだ。またその上、教学部は日寛教学を、要法寺云々を理由に立て分けるとしているが、日寛上人の六巻抄全体の何処をどう立て分け否定する気なのか?

虹鬼:「当家三衣抄」は当然、否定するだろうな。

紫鬼:「当流行事抄」や「末法相応抄」も否定するのか?「三重秘伝抄」だけは残すのか?「種脱相対」はやめるのか?残すのか?どこに線引きをするのか?

藍鬼:特に「末法相応抄」は、久遠実成釈尊を本仏とする要法寺の広蔵院日辰の教学を破折した書。つまりこの書を教学部が否定することは、日蓮大聖人が御本仏であることを否定する事になるが。

紫鬼:その通りだ。「末法相応抄」の否定は、曼荼羅本尊の否定、釈迦仏像の肯定になるな。

紫鬼:先程も引用したが、御書には、「日蓮大聖人御自身が本仏である」などと一文もない。今後、学会は「日蓮が本仏である」と何を根拠に、どんな論理に基づいて言うのか?

紅鬼:日寛上人は要法寺の日辰教学を破折したんだ。だが、その実は、要法寺出身の大石寺17世日精への破折にもなっているのだ。しかし、教学部は日寛教学を否定する立場だから、今後、学会は日精の造仏を認めるのか?(鬼笑)

紫鬼:「三大秘法抄」を除けば、三大秘法について一番詳しいのは「報恩抄」だ。そこに「本門の本尊」について「一には日本・乃至一閻浮提・一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし」とある。教学部に、この御文を通解してほしい。教学部解説では、これを巧妙に省いて引用しているな(鬼笑)

藍鬼:とにかく教学部は、釈尊本仏なのか、日蓮本仏なのか、御書のみに基づいて、はっきりさせてほしい。日蓮本仏論は、今後も注目したい。谷川事務総長の教学の師匠である宮田教授は、学会がずっと言ってきた日蓮本仏論を捨てたいらしいしな。

紫鬼:一方、教義は単なる論理ではない!歴史を背負っているのだ!自分たちが過去の歴史においてやってきたことには落とし前を付けないといけない!

黒鬼:今回の教義変更では、まず、原田会長や谷川教学部総主事は、身延の貫首のところに行って「邪宗と呼んですみませんでした」と謝らねばならないのではないか?(鬼笑)

白鬼:「小樽での問答も貴方達が正しかった。第2代の戸田先生と第3代の池田先生は、日蓮正宗の宗門の言うことを真に受けていたんです。でも第6代に至って、ようやく日蓮大聖人の仏法の本義に立ち返りました。ごめんなさい」と詫びねばならないのではないか?(鬼笑)

黄鬼:早速宗教学者の島田裕巳氏からこう言われているぞ!
「今日の聖教新聞に、教学部の見解として、大石寺の板曼荼羅だけが「本門の本尊」ではなく、日蓮自筆のすべての本尊はそれにあたるということが示されている。昔の会員なら激怒するところだが、ということは、創価学会の教義と一般の日蓮宗の教義のあいだに差がなくなったことを意味する。」

「創価学会は、大石寺の本尊の価値を否定したんだから、一度、大挙して身延山に参詣に行ったらどうだろうか。そこは、日蓮が隠棲していた場所だし、墓所もあるし。大石寺に行けないんだから、身延へ行けば、また聖地ができるはず。」

赤鬼:創価学会教学も、ここまでバカにされるとはな。呆れてしまうよ。

編集長:そうだ。「身延になら真筆本尊も沢山あるぞ。いっそ、どんどん『認定』してしまえばいいんだ。そうすれば、『大聖人の仏法に違背する』と教学部が解説する『独善的な本尊観』を開いた日寛上人の写し本尊など拝まなくていい。」と言われているのと同じではないか!
このままでいいのか?

創価学会教学部様からの返答をお待ちしております。


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編集長:京都乃鬼