2014年12月28日 投稿者:大仏のグリグリのとこ 投稿日:2014年12月28日(日)08時29分17秒 開目抄には 「金光明経に云く『善業を修する者は日日に衰減す』等云云、悪国悪時これなり。 具さには立正安国論にかんがへたるがごとし」(二三一頁)とあります。 法華経の行者を捨てた社会は、僣聖増上慢に操られたまま、 結局は亡国の道をたどっていかざるをえません。 つまり「三類の強敵との戦い」は即「立正安国の戦い」なのです。 勧持品に説かれた弟子の誓願の心は、端的にいえば「殉教の精神」です。 三類の強敵は、宗教のために他人を迫害し、殺そうとします。 それと反対に、法華経の行者は、信仰のために自分が死んでいこうとする。 もっとわかりやすく言えば、人を火あぶりにするのが僣聖増上慢です。 それに対して、社会のために、民衆のために、会員のために、 自分が火刑におもむくのが法華経の行者なのです。 貴方はどちらの方ですか。 会員を恫喝し、査問し、僣聖増上慢に操られる人ですか。 それとも、先生の思想を守り、会員の悩みに耳を傾け、組織悪と戦う人ですか――。 問われているのは「何時も・いつの時代」も弟子の方なのです。 Tweet