投稿者:信濃町の人びと   投稿日:2015年 6月 4日(木)18時26分51秒     通報
新時代 第7回本部幹部(2007.5.24)より抜粋

ここで恩師の戸田先生の大切なご指導を学び合いたい。
戸田先生は言われた。

「幹部になれば、皆も一応は尊敬してくれる。それで、いい気になり、私利私欲のために、会員を利用したりするならば、即刻、解任せよ!」

また「(恩知らずの幹部に対しては)厳しく、遠慮なく叱りなさい。どんどん、自分の真実の思いを言い切っていきなさい」とも厳命された。

会員利用、学会利用の卑しい人間を絶対に幹部においてはならない。また、幹部になって威張る人間も必要ない。
謙虚に、誠実に、同志に尽くしていける人が必要なのだ。

学会の幹部は、「会員奉仕」が根本である。
「会員への奉仕」が「広宣流布への奉仕」となるのだ。

「会員は私の大切な命だ!」「広宣流布に走りゆく同志のために、労を惜しむな!」

これが戸田先生の遺言であった。

相手が坊主であれ、だれであれ、広布を破壊する仏敵とは容赦なく戦われた。

「私は断固、戦うつもりだ! 君たちはついてくるか!」「最後まで師匠を裏切らないか!」

命を揺さぶられるような先生の気迫であった。
厳粛な空気のなかで、青年たちは、「師匠とともに戦います!」と心の底から叫んだのである。

戦時中、軍部によって投獄された先生は、生涯、「権力の魔性」と対決し抜いていかれた。

「元来は、民衆に奉仕すべき政治が、いつしか民衆を苦しめる魔力と化す──それが現実である」

「この不幸な歴史の流転を、断じて変えていかねばならない。
そのために、民衆が強くなるのだ! 学会が強くなるのだ!」
この戸田先生のご指導の通りに私は学会をつくってきた。

あるときは、牧口先生を偲(しの)ばれて、こう言われたこともあった。

「牧口先生にかわいがられた弟子は、皆、退転し、先生に背いた。私は、牧口先生に、ただの一度もほめられたことはなかった。しかし、私は、こうして、たった一人残って、先生の後を継いで立っている」と。

これが本当の弟子である。
戸田先生は烈々と訴えられた。

「我らの世界一の和合僧の学会から、裏切り、反逆の連中を叩き出すのだ。真っ向から教訓し、断固として、増上慢を打ち破っていき給え!」

この遺言の叫びを後継の青年部に託したいのである。

さらに、戸田先生の指導を確認しておきたい。

「提婆達多は、一切の悪人を集めても、釈尊の仏法には敵わないという証拠を残して、仏罰を受けて死んだ」

いかなる極悪も、正義の人には敵わない。絶対に敵わない──その厳然たる事実は、皆様がよくご存じの通りだ。

先生は、不知恩の連中に対しても、それはそれは厳しかった。

「恩を報ぜぬということは人間の特権を放棄し、禽獣(きんじゅう)に同ずることである」

その通りだ。この先生の叫びを決して忘れてはならない。

「若者は、いい思いばかりしようとしてはいけない。好きなことばかりやっていても、人間は大きく育たない。様々な経験を積んだことが、最後は、全部、生きてくる」

苦労した分だけ勝てるのだ。

続いては、女子部への指導である。
「何といっても、帰宅する時間が遅くなってはいけない」
女子部の皆さんは、お互いに注意し合いながら、賢明な行動をお願いしたい。リーダーは具体的に配慮していただきたい。

大事な指導を、数多く残してくださった先生であった。

「破折精神を忘れた者は生ける屍だ」
とくに、悪と戦わない幹部は叩き出せ──恩師の遺言を、命に刻んでまいりたい。

さらに、先生は「青年の強みは、燃ゆるがごとき情熱なり」とも言われた。

一切は、大情熱で決まる。青年部の皆さんは、創価の新時代を堂々と開いていただきたい。
「われわれの出世の因縁は、広宣流布の大旗(たいき)を掲げんがためである」
これが恩師の大確信である。わが地域に、広宣流布の勝利の大旗を、高々と掲げよう!