投稿者:信濃町の人びと   投稿日:2015年 5月23日(土)05時42分7秒     通報 編集済
池田大作全集71巻より
墨田、荒川区記念支部長会 (1988年10月12日)③

さて兼山の友・弥右衛門の父が、兼山に忠告するシーンがある。

世間の評判を無視するかのように、前進また前進する兼山に危ういものを感じたのだ。少し、おとなしくしていなければ、ねらい打ちされてしまう──。
弥右衛門の父は「 大夫たいふ 」と兼山によびかける。

「大夫はすでに土佐の兼山では無くなっている。天下の兼山なるがゆえに、大夫の一挙手一投足が、ことごとく大公儀(幕府)の眼にとまりをるのですぞ」

あまりにも多くの仕事を成し、あまりにも大きな力量を証明した兼山は、「出る 杭くい は打たれる」のたとえ通り、藩はおろか幕府にさえ、にらまれ始めていた。

追いおとそうとすれば、口実はいくらでも創作できる。いかに善意からした事業も、すべて反対に反対にと曲解することは簡単である。

しかし、兼山は忠告をありがたく受けつつも、こう言い放つ。

「兼山はただ領民を幸わせにするという、この一筋よりほかにはない」
「兼山の一生は、この信念の前に投げ出してあるのです」と。

私どもの立場でいえば、民衆のため、友の幸せのためという真心以外、何ものもない、という信条である。
もはや語るべきこともない。

「よろしい。それならば、それでよろしいのですよ。後世千年、二千年、 何人なんぴと か必ず大夫のために説くものが出る」と友の父は結んだ。

兼山が迫害をものともしないという以上、後世の正当な評価を信じて、そのまま進ませるほかない──と。
価値の日々に「長寿」の意義
兼山は人生を急ぐかのように仕事に熱中した。そうした人生観をしのぶ次のような彼の言葉が伝えられている。(横川末吉『野中兼山』吉川弘文館)

現代語に訳すと、「 顔淵がんえん は、三十にして死んだ」

──顔淵とは、かの顔回のことである。といっても、どちらも知らないという人もいるかもしれないが。現代では余りなじみがないかもしれないが、歴史上有名な孔子の高弟である。

「(彼は)短命だが万代の人の師である。天地ある限り、その名は消えず、生きているのと同様である。たとえ九十、百まで長生きしても、死後一人もその名を伝えないのでは、 アブ虻 も同然だ。長生きのかいもない」

また、
「役にも立たず、ぶらぶらと生きて、犬が年よるように老いたのでは、人間といえるだろうか。早く立派な仕事を成せたなら、早く死んでも、これは人間のかいがあるというものである」と。

もちろん長寿は素晴らしい。その上で、ここで兼山が言っているのは、″人生の価値は、その長短にあるのではない。

どれだけ永遠へと連なる仕事を成したか。いかに深き人生の深き時間を生きたかが人間の証明となる″ということであろう。

人間に生まれた以上、人間としての価値を、この世に刻みつけて死ぬべきだ。そうでなければ何のための人生か──と。

御書の有名な「百二十まで持ちて名を・ くた腐 して死せんよりは生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ」

──百二十歳まで命をたもって、名を腐らせて死ぬよりは、生きてただ一日なりとも名を上げることが大切である──
の御精神にも通ずるものがあろう。

日本は「長寿世界一」の国になった。しかし一方では、一日一日が空虚に、また浅薄に流される人々が増えている風潮もある。悲しむべきことであり、現代の大きな課題といえよう。

″常住のもの″″永遠のもの″を見失った人生は、「無常」の波にただよう人生であり、あまりにもわびしい。

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池田大作全集71巻より
墨田、荒川区記念支部長会 (1988年10月12日)①
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墨田、荒川区記念支部長会 (1988年10月12日)②
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(参考)
■http://6027.teacup.com/situation/bbs/24971

■http://6027.teacup.com/situation/bbs/24676