2015年5月21日 投稿者:信濃町の人びと 投稿日:2015年 5月21日(木)14時06分56秒 通報 編集済 「従来からの教学によるもの」は、 やや、誤解を招く表現だったかもしれません。 「従来からの教学」とは、教義[解釈]変更前までの教学のことを意図しています。 当方も、 2014.11.7の会則変更手続き、2015.1末SP解説発表までは 【”相続和合時代から、また破門=魂の独立以降も”】 大御本尊について教義変更はなかったと認識しています。 そもそも、教学などについて、各自の研究や研鑽は、否定するものではないはずです。 そこは、念のために付け加えておきます。 今回の教義変更は、拙速な変更であり内容を詰めきれていない。また、疑問を持つ会員を切り捨てる無慈悲な執行部の姿勢が問題です。 一連の変更により、よくわからない内容となり、一見、日蓮宗と変わらない教義のように思えます。 個人的には大御本尊に関する問題は、教学部レポートにあるように、いつか乗り越えなければならない問題であると考えていますが。 (何が問題なのか?はありますが〔笑:そのままでも良いとする選択もあるのですが…〕 少なくとも、いつかは魂の独立から、さらにもう一歩踏み込む必要があると考えています。 詳細はいずれ議論になると思います。この内容には、もっと詳しい方がこの板にはたくさんいます。多分…) Tweet