投稿者:河内平野   投稿日:2015年 3月27日(金)10時05分11秒     通報 編集済
キッシンジャー博士は、私との対談集で、次の話を紹介している。

ある人が毛沢東主席に聞いた。

「フランス革命を、どう評価しますか?」

毛沢東は答えた。

「評価を出すには、まだ時期尚早でしょう」

フランス革命から二百年近くたっていたころの話である。
百年、千年の単位で歴史と世界を見つめておられたスケールの大きさが、うかがえる。

私たちも見つめているのは二十一世紀、二十二世紀、二十三世紀、末法万年である。

かつて発表したように、
二十一世紀の前半は「第二の七つの鐘」を打ち鳴らしながら、東洋をはじめ世界の平和の基盤をつくってまいりたい。
「生命の世紀」――二十一世紀の後半は、「生命の尊厳」の哲学を時代精神にし、世界精神へと定着したい。

二十二世紀の前半には、世界の「恒久の平和」の崩れざる基盤をつくりたいと願っている。
その基盤のうえに、二十二世紀の後半には、絢爛たる人間文化の花が開いていくであろう。

――私は、今は二十二世紀のことを考えている。
二十一世紀は、もう見通しているつもりである。

二十三世紀の半ば(二二五三年)、日蓮大聖人の立宗千年を迎える。
このあたりから、次の展開が始まるであろう。

これらは、もちろん「予言」というようなものではなく、平和を願う「決意」ということで申し上げておきたい。

広宣流布は「末法万年」の長期戦であるゆえに、
五十年、百年単位で展望しながら、「今」を勝っていくことが正しい軌道だからである。

私は万年を見つめて、着々と手を打っている。

【池田大作全集第八十八巻 (関西代表者会議 1997.5.17 関西文化会館)】