投稿者:妙の照覧影の人   投稿日:2015年 3月23日(月)14時34分38秒     通報
先生のこんな指導が見つかった。

2000.10.5創立70周年記念第50回本部幹部会

戸田先生は亡くなられる直前、私を呼ばれて、こう言われた。
「大作、創価学会は大きくならなくてもいい。同志が皆、元気で、幸せに生活していければ、それでいいんだよ」と。先生の遺言である。

学会が発展すれば、それだけ、法難もあるだろう。苦しみもあるだろう。嫉妬もあるだろう。どんなに大作は大変か――これが先生のお心であった。ありがたい師匠であった。
しかし私は、あらゆる苦難を発条として、今日の学会を築いた。広布の道を世界に開いた。

★先生の遺言である。

同志が皆、元気で、幸せに生活していければ、それでいいんだよ」と。
しかし私は、あらゆる苦難を発条として、今日の学会を築いたと。
様々考えさせられる。自分も振り返ってみると、年齢的に成熟の時、また総仕上げに入って行く時に自らを反省もし確認もしている。
しかし現実は自分を観つめるというそこのところが、きちんと入信以来教えられずに来てしまって、体験重視、活動重視できてしまっているために、もうほとんどの会員も、幹部や執行部自身も、全くわからなくなっているのが実情であろうと思う。

そして、組織優先、成果主義、数の論理が大勢を占めてしまって、ある意味での会員搾取がまかり通っているというのが本当のところではないのでしょうか。
ただ言われるとおり闘っていれば良いのか・・・?

すべて受身の戦いの活動であるが故か・・・?
今までの歴史や過去の戦いの繰り返しをしているだけでは無いかと。
いやもっと言えば出来上がった組織で踊らされているだけか。

現状を踏まえての作戦。教義が無さすぎと、数に執着し過ぎて中味が問われないし、中味が勝負に成っていないからだと強く感じる次第です。
やはり「総点検」をしなければ成らない時に来ていると思う。現状無視は必ず問題を起こし、放置したままだと犠牲者も出る。そんな事が続けば衰退するのは間違いないと嘆いています。