投稿者:信濃町の人びと   投稿日:2015年 3月 7日(土)11時45分39秒     通報 編集済
皆さん、だいたいは会則変更、教義変更は
なんかおかしい。なんとなくは感じているんですね。
まるっきり盲信されていたら、ここには来ません。

なんか答えを見つけたい。それぞれ目的は違うけど。
そういう状態なんだと思います。

例を出して恐縮ですが、太ちゃんのような方は幸いにも、組織から離れていたから客観的に見えるんですね。
それは、幸いだったし立場はマイノリティーかもしれませんが、むしろ貴重な存在なんですね。
相対的にみていくのは仏法上大事なことなんです。
(直感を否定するのではなく、両方を止揚するのが大事、難しいですが)

毎日毎日、数に追われる地区や支部の長たちは、
なんかおかしいと思いながらも、
でも、池田先生という偉大な師匠がいる
創価学会に間違いはない。そういう無謬論に
しがみつかないと、やってられないのが本当の心情だと
思います。

先生はお元気、お元気な池田先生
ズッーと、そう言われつづけて、聞き続けて

だから、急には対応できないんですよ。

学会は正しい。
それは、池田先生が率いた学会は正しかった。
いまは、先生滅後に向かいどうあるべか。
そこを試されています。
私はそう感じています。9割はだいたいついてこれる。
でも、それは池田先生のつくられた創価学会ではない。
そうなったら、形だけになります。
54年はそういう状態だったんです。暗い創価学会の組織だったんです。当時は。歓喜もなく、折伏も進まない。

根本的どうあるべきか。

それを先生は弟子たちに託した。今ですね。
師弟とは糸と針の関係。
先生はそう言われています。

皆で考えていく。今はそれが大事です。
私はある程度答えを出しています。
おそらく、ここの論客の方も答えを持っています。

大きな相違はないとかんじていますが、押し付けではなく、
皆が、池田先生だったら、今どうされるか。
そこが大事です。
それが先生が皆に教えてこられたことです。

ただ、事態は止まらずに進んでいる。だから戦いながら
より良い方向を志向して進んでいくしかないのが、
現実です。止まれば悪人に支配されますから。