投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2015年 2月21日(土)10時50分31秒    通報 編集済
大事な内容だと思いました。ありがとうございます。
教義条項の改正は必要です。未来のため。世界宗教になるため。そして、機構整備もです。
秋くらいに論点を少し出しています。
また、メールにて問い合わせいただいた方、数名には私の考え方、整理したい内容の課題だけを送らせていただきました。

時期がきたらその論議をしっかりしたいと思っております。

ご指摘の急がせた側の魂胆こそが問題。その通りです。
いま、正すべきはここです。これが急所です。

そして、本尊論について、これはしっかり論議をすれば方向性はみえると思っています。
先生のご指導と日興上人以降の門流の歴史、創価学会の使命。これがポイントではないでしょうか。

そこから大石寺の板本尊、之を書写した本尊。
何を顕したのか、何を書写したのか。ここですね。
今日はここまでにしておきますが。
いずれ、しっかり論議をします。
よろしくお願い致します。

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どなたも書かれないので  投稿者:誰か私を呼んだ?
投稿日:2015年 2月21日(土)07時37分40秒 編集済
私は、宗門からの完全分立と、50年後、100年後のsgiメンバーの混乱を防ぐためには、教義条項の変更はいつかは必要であり、実行に移したタイミングも、ある意味、絶妙だったと思っています。
90パーセントどころか99パーセント位の会員は疑問にすら思っていないし、現場には何の混乱も起きていないし、今後も混乱は起きない。なぜなら、僧の支配する世界に戻りたくないということが、アプリオリな命題としてあるからです。
それでも、その説明には納得できないし、疑問に思っている人はいます。

会長発表を補完するはずの解説でも、本尊を認定する根拠を、「独立の教団」であることに求めていますが、これは法律上の根拠であって、信仰上の根拠にはならないと考えます。必要なのは、大聖人様に繋がる正統性だと考えます。
これまでは、その理屈を、大御本尊と唯授一人に頼っているところがありました。それを乗り越えるための説明が、独立の教団としか言えないのであれば、何も言ってないのに等しいと思います。(遠藤)教学部がストップをかけたのは、当然だと思います。
教団の独立性が根拠なら、悩める子羊は救えても、折伏は放棄することになるでしょう。
なので、会長、本部長に、ありもしない分派活動を吹き込んでまで、ことを急かせた方の魂胆こそが、問題にされるべきと思っています。

なお、教義条項の改訂の説明は、独立の教団という以外にも考えられますが、いずれも難しいと思います。
例えば、
生来仏であったと言わしめた牧口先生以来、精神の独立があったとしても、価値論は日寛教学の横においてきてしまったし、
獄中の悟達から大聖人直結は言えても、戸田先生は戒壇本尊至上主義に見えるし、
世界広布の実績から、日興上人の跡を継ぐ僧宝との自覚に基づくとしても、僧宝が仏宝(就中、御真筆)を認定するのがしっくりこないし、何を広めたのかと聞かれれば沈黙せざるをえないし、
御書の身読と実践から、対内的には大聖人直結が言えても、対外的には経巻相承を否定してきたことを謝らないと始まらないし、
という具合です。

私なりの説明はあるのですが、ここでそれを述べると、(主事)教学部のお仕事を奪うことになってはいけないので、今日は控えます。