投稿者:信濃町のネット対策の対策   投稿日:2015年 4月 3日(金)23時12分31秒     通報

信濃町のネット対策の対策です。

今朝は早くから書き込みをさせていただいた所、予想屋気分の職員から、販売店じゃないのか?との声があるようです。

さて、本題ですが、師匠の「在世」に「独歩の法門」=「独自の解釈」を説く弟子が居たのか?を調べてみました。

あの「五老僧」ですら日蓮大聖人の「在世」に師匠が教える法を「独自の解釈」した形跡はありませんでした。

皆様も疑問になるかと思いますが、「五老僧」は何故、日蓮大聖人の「法門」から外れて行ったのでしょうか?
また外れて行ったことを自覚していたと思いますか?

私は、五老僧自身も自覚していなかったと考えています。
我こそ、日蓮大聖人の弟子で日蓮大聖人の仏法を広めていると思っていたのではないでしょうか?

しかし幕府の権力に「対応」する為に、また世間と摩擦がおきないように、妥協して少し師匠の法門を緩くしたのではないでしょうか?

原田会長も、自分が池田先生の法門をから「外れて」いると自覚していないのでは?と思っています。
大切な学会を守るために、集団的自衛権も少し認める。
会則教義条項の改正も、日顕宗と永久に離れる為に、少し池田先生の御指導にないことを使っていると。

私は、最初の書き込みに書きましたが、原田会長や谷川副会長、秋谷元会長、八尋副会長の個人的な人格を否定している訳ではありません。

ここに書き込む皆様もそうだと思います。

執行部に伝えたいことは、五老僧が800年程前に「少し緩めた」ことが、年月を下ると今の身延のようになってしまうと言うことです。

なかなか学会員が身延を見学することはないから、ご存知無い方もいらっしゃると思いますが、凄いですよ。

本尊の雑乱の極み。
何故、狐や天女や琥珀大菩薩やら訳のわからない物を拝むようになったのか?
五老僧の最初の一歩が間違ったからです。

学会もこれから大切な一歩を踏む時です。
原田会長が少し歪めた池田先生の思想が末代になれば、全く異質なものになることを危惧しているのです。

続きはまた書きます。