投稿者:河内平野  投稿日:2014年11月15日(土)16時06分15秒    通報
彼女にとって、そして子どもたちにとって、それは生きる希望と勇気を与えてくれた至極の言葉であったにちがいない。

わが《生命の言葉》で、家族一人一人の心を結ぶ――それ自体が「魂の叙事詩」の名画のごとき一光景である。

アキノ氏の信念は獄中にあって、いささかも揺らぐことはなかった。
むしろ圧政に苦しむ民衆を思う正義と民主の炎は、ますます燃えさかった。

氏はつねに夫人に語っていたという。
「私は自分の力で上院議員に選ばれたのではない。
つまり、私に特別な地位が与えられたわけではない」
――ゆえに夫人も「自分を振りかえり、奢侈にふけることなく、民衆に模範を示せ」と。

さらに一九七八年、氏は、獄中から選挙戦への立候補を決意する。
夫人は、勝ち目がないといって反対した。

しかし氏は彼女にこう語る。
「民衆を目覚めさせるにはわずか数人の『勇気ある魂の人』がいれば十分なんだよ」と。

彼の言葉どおり、後にフィリピンの民衆は、夫の遺志を継いだ夫人のもとで独裁政権打倒に立ち上がる。
大切なのは《核》となり《柱》となる人である。
数ではない。
心である。
「勇気ある魂」である。

ポーランドのワレサ大統領(自主管理労組「連帯」の議長当時)は、
あるインタビューに答えて、アキノ氏のことをこう語っている。

「その人をまったく知らないが、彼に正義があることだけは確かだ。
なぜなら、七年あまりもの長い間、牢獄に入れられてなお権力に屈しなかったんだから」と。

ワレサ大統領自身、労働争議によって十年間で百回以上も投獄されている。

立場等ではない。
「信念に生きる」人が「本物の人間」なのである。
また、一流の人間は一流の人間を見抜くものだ。

【第四十一回本部幹部会 平成三年四月二十五日(全集七十七巻)】