投稿者:河内平野  投稿日:2014年10月27日(月)09時35分3秒
サンドが、なぜ、田園を舞台にした美しい人間性のドラマをつづったのか。
彼女は、こう思った。
《動乱で流された血に対して、もっとも嫌悪と絶望を感じているのは、名もない庶民だ。
この人たちは、だれも殺戮や破壊を望んでいないのに》と。

また彼女は、当時の絵画などが現実社会の陰惨な部分を強調し、人々を暗い気分にさせているのを見て、疑問をいだく。

《これが芸術の本来の使命だろうか》
《誤解や憎しみが渦巻く時代にあって、人々に希望を与え、勇気づけていくのが文化ではないのか》と。

いわば、悪意と策謀が渦巻く動乱の時代にあって、どこまでも人間性を武器に、人間らしいやさしい感情や、昔ながらの心の正しさを示しながら、社会の空気を変えていきたいと願ったのである。

暴力に対する《文化の闘士》、民衆を裏切る変心の指導者に対する《信義と友情の戦士》――それがサンドの横顔であった。

こうして生まれたサンドの名作『愛の妖精』は、中部フランスの田園地帯が舞台であった。
主人公は、野性児ともいうべき自由奔放な少女ファデット。
彼女は、双子の兄弟との愛と葛藤のなかで、美しく聡明な女性として生きていく。
しかし、ファデットは、家柄が良かったわけではない。

家庭環境に恵まれていたわけでもない。
少女時代は「ちっぽけで、やせっぱちで、髪の毛を振り乱して」(宮崎嶺雄、岩波文庫)、見栄えもよくなかった。

近所の人々から「こおろぎ」とあだ名され、いじめられる。
作者サンド自身の少女時代が、一つのモデルとなっているという。
だが、この少女には、人の悩みや感情を鋭く読みとる天性の力があった。

そして、成長するにつれ、持ち前の清らかな心、強い意志、知恵を発揮し、恵まれない境遇も、複雑な人間関係も、すべてを「幸福」の方向へと回転させていく。

ファデットは、思いやり深い乙女であった。
どんなに苦悩に沈んだ人でも、心の眼を開きさえすれば必ず蘇生し、幸せになれると信じていた。
「心の勝利」が「人生の勝利」をもたらすのである。

また、それを分かってもらうために、言うべきときには、遠慮なく言いきった。
それが、その人を助けることになるのだ――と。

その毅然としたさわやかさ、清々しさ。
それが彼女の、ありのままの姿であり、もともと備えていた魅力、人間性、生き方であった。
そして、そのあたたかな人間性をもって、人生を苦悩の闇にしばりつける《鎖》を解き放ち、幸福になる力を与えていったのである。

【各部代表研修会 平成三年一月十九日(全集七十六巻)】