投稿者:河内平野  投稿日:2014年10月12日(日)11時30分19秒    通報
大聖人は、竜の口の御法難の前年、あるお手紙でこう仰せである。
「人身すでに・うけぬ邪師又まぬがれぬ、法華経のゆへに流罪に及びぬ、今死罪に行われぬこそ本意ならず候へ、あわれ・さる事の出来し候へかしと・こそはげみ候いて方方に強言をかきて挙げをき候なり」(御書九九九頁)

――すでに受けがたき人身を受け、人間として生まれることができた。
しかも、(あいがたき法華経にあい)邪師からも免れることができた。
さらに、法華経のゆえに流罪(伊豆流罪)に及んだ(これらは、この上ない喜びである)。
今は、死罪にされないことこそ不本意である。
(だから)どうか、死罪を受ける大難が起こるようにと励んで、各方面へ強言(強く責める言葉)を書き送ったのである――と。

これが御本仏の悠然たる御心であられた。
私どもは「大聖人の門下」である。
邪師に粉動されず、邪義にも染まらず、真実の道を進みゆく喜び、誇り。

そして《大難よ、来れ》と勇敢に「悪」と戦いゆく誉れ――。

私どもは、強く。
また強く「悪」を責めながら、「御本仏の真実の門下」の大道を進んでまいりたい。

【全国青年部幹部会 平成三年十月二十七日(全集七十九巻)】