2014年10月12日 投稿者:河内平野 投稿日:2014年10月12日(日)09時50分45秒 通報 そして今、人間の尊厳と、世界の多様さを見つめつつ、 「人間主義」の世紀を切り開いていく――その新しい時代の出発点に立っているのが、学会である。 これからも、世界へ、世界へと、交流団を派遣し、友情を広げていく。 躍動へ、自由へと、民衆の希望の《翼》を、さらに広げていく。 ルネサンスとは、過去のものではない。 まさに、二十一世紀へ向かう、学会の前進とともに開かれゆく《一大民衆運動》であると確信したい。 そして、この「創価ルネサンス」は、《精神革命を経験していない弱さ、貧困さ》を指摘されている日本の風土を、根本的に転換していくものでもある。 ルネサンスの時代(十五―十六世紀)、歴史を画する天才たちが、ほぼ同時期に登場し活躍した。 レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、ボッティチェリ等――。 美術作品をはじめとする、彼らの輝かしい業績は、時を超え、国を超えて、豊かな精神文化の光を、今も放ち続けている。 彼らは、自身の《生命の芽》から、見事に《満開の花》を咲かせた。 ちなみに、創価大学の講堂の緞帳の図柄は、ラファエロ芸術の最高傑作といわれる「アテナイの学堂」をモチーフに製作されたものである。 ともあれ、新しき「創価ルネサンス」の時代も、あくまで「一人の人間」が主役である。 「人材」がカギを握っている。 組織は、その「一人の人間」を守り、最大に力を発揮させていくためにある。 「自分」が聡明になり、力をつけていくこと。 「自分」が人格を鍛え、物事の本質を見極める眼を磨いていくこと。 このたゆみない挑戦と努力が、ますます重要になってくる。 「民衆」の自由なる精神の飛翔、個性の開花。その対極には、それを妬み、妨害しようとする反動が必ずある。 それに屈すれば、自由の死、個性の死、人生の敗北である。 自分自身にしかない、胸中の《生命の芽》を殺すことでもある。 何より《生命解放の信仰》の死となってしまう。 「人間性」が「権威」に打ち勝とうとする闘争のなかから、ルネサンスの息吹は生まれた。 青年は、戦うことだ。 自由奔放に、発想を広げ、行動し、歴史をつくりゆくことだ。 どうか、一人一人の大切な個性を、満開へ、また満開へと咲かせきっていただきたい。 その、創価ルネサンスの花園を、喜びと確信に満ちた世界を、若き諸君の力で、堂々と築き広げていっていただきたい。 【全国青年部幹部会 平成三年十月二十七日(全集七十九巻)】 Tweet