投稿者:河内平野  投稿日:2014年10月11日(土)10時06分17秒    通報
さて、こうした理不尽なる僧たちの仕打ちに対し、敦煌の住民が立ち上がり、戦った時期もあったという。
一時、住民は「規約以外に布施を強要することはできない」という誓約を勝ち取ったこともあった。
しかし、在家に良き指導者がいなかったため、すぐに破棄され、暗黒時代が続くことになってしまった――。

「一人」の賢明な指導者がいるか否か。
そこに幸、不幸の分かれ目がある。
僧の言うなりに供養を貢ぎ、肥えさせ、つけ上がらせてしまった。
その意味で、僧の横暴を許した民衆の側にも一因はあったといえる。

「悪」に対しては、団結して戦い、破らなければ、厳しくいえば、悪を助長したことにさえなってしまう。
いわんや、僧の悪を支え、供養することは、仏法の破壊に手を貸すことになる。

また敦煌から出土した文書は、僧が権威をふりかざし、怒鳴りちらしながら、民衆から布施を巻き上げる様子を多く描いている。
長年、言われるがままに供養を続けた人物が、死を前にして僧に慈悲を求めた手記には、

「お届け物というにも値しませんが、どうぞ驚かないでください。また、お?りにならないでください」と。

人々に、僧侶が《恐怖感》をあたえていたことが、なまなましく伝わってくる。
供養するほうがこれほどおびえ、哀願しなければならない。
供養を受ける者はどこまでも傲り、つけ上がる。
これはもはや「人間」の世界ではない。
まして「仏法者」の世界では断じてない。
宗教の権威の魔性に取りつかれた《倒錯の世界》を、断じて許してはならない。

敦煌の滅亡は、あまりにあっけなかった。
やがてイスラム教徒の侵入が始まると、僧たちは民衆を捨て、財産だけを持って長安の都へ逃げ去ってしまう。
取り残された民衆は、不安と恐怖のなか、散り散りになり、繁栄を極めた敦煌は、やがて廃墟と化して流沙の下に埋もれてしまった――。

敦煌の衰亡。
それは、聖職者の権威に抑圧された民衆の悲惨な歴史である。
私どもは、絶対にその愚行を繰り返してはならない。
こうした人類史の流転を転換しゆくことこそ、SGIの使命であると申し上げたい。

大聖人は、腐敗、堕落した既成宗教とまっこうから戦いぬかれた。
私ども学会は、この崇高な大聖人の御精神を受け継いで、御遺命である「世界広宣流布」に立ち上がったのである。

「大聖人の門下」として、大聖人とともに戦う私どもに、《権威の宗教》からの策動、妬み、圧迫があるのは当然であろう。
しかし、御本仏を絶対無二と信じ、御本仏の教えを学び、実践している仏子をいじめる者に、厳しき仏罰があるのは、御聖訓に照らし、間違いない。

ゆえにわれわれは、難こそ「大聖人の真実の門下」の誉れと、胸を張りながら、どこまでも楽しく、痛快に、悠々と進んでいきたい。

【第十四回SGI総会、第七回中部総会、第四十七回本部幹部会 平成三年十月二十一日(全集七十九巻)】