投稿者:螺髪 投稿日:2017年 6月12日(月)19時47分36秒   通報
【池田】 日本でも、そうしたかかりつけの医者といった存在は、しだいに影が薄くなってきました。これは悲しむべき現象だと思います。
ところで、こうした専門分化の方向は、近代以後の西洋医学が必然的にたどってきた道でしょうが、そのような西洋医学の動向を見つめて、その弊害を克服し、人間生命を全体的にとらえようとした試みに、ハンス・セリエのストレス学説や、精神身体医学があります。わたしは、これらの新しい方向を、人間のための医学をめざす医学者の努力の成果として、高く評価したいと思います。
それと同時に、私は、東洋民族の英知と経験によって形成され、発展してきた東洋医学の存在価値を、再び見直すべき時がきているように思うのです。東洋医学は、人間に対する総合的診断を重んじ、この一貫した考えのもとに長い歴史を経て蓄積されてきた知識の体系であるからです。

すでに、今日の中国では、西洋医学を学んだ医師と東洋医学に熟練した医師とが、ともに協力し合って患者の診察にあたっています。また、日本でも、東洋医学の思考法が再評価されようとしています。まだ全体的な流れにはなっていませんが、医学者のなかから、東洋医学を身につけようとしている人が出てきております。
このように、東洋医学が再び注目されている理由は、一つには近代西洋医学の弊害が顕著になってきたからでしょう。もう一つの理由は、東洋医学のなかに、病人から病気を切り離すのではなく、病人をあくまでも全体像としてとらえようとする姿勢があるからでしょう。つまり、肉体的な病変を追求しながら、それだけにとらわれず、人間に視点を当てて、健康体に戻そうとする姿勢が貫かれているためでしょう。

西洋医学では、肉体的な病変を主として追求し、その病変を治すために外科的方法や薬物を使います。ところが、東洋医学では、あくまでもこのような病変をもった病人自体が問題なのであって、病人の状態を精密に観察したうえで、病人を健康体に戻そうと努力します。いいかえれば、個人のさまざまな病状を“症”――これは症状群と考えられるのですが――として把握し、それを分析し、生命全体の観点から治療法を決めるのです。

しかも、その“症”自体の把握にあたっては、環境や宇宙自体のリズム、たとえば気候、風土等との相関関係のうえで位置づけようとします。そのためにとられる原理を体系化したものが“陰陽五行説”であるわけです。“陰陽五行説”は、宇宙と人間の関係を“大宇宙対小宇宙”の関係でとらえようとするもので、私はその方向は大体において正しいと考えています。
ただ、“陰陽五行説”は、数の配合にとらわれた形式主義に走った結果、東洋医学もしだいにその影響をうけて現実から離れ、観念的になっていったことは事実です。東洋医学のもう一つの欠陥は、西洋医学の特徴である、合理的な科学的思考法に欠けることです。私は、そうした欠陥が是正されるならば、大いに有効性を発揮できるであろうと考えています。

【トインビー】そうした東洋医学の手法は、紀元前五世紀のギリシャ医学の方法、つまりヒッポクラテスとその同僚・弟子たちの著書に示されている手法と、同種のものであるように思われます。ギリシャ医学も、患者を精神と肉体とを兼ねそなえた一つの統一体としてとらえ、社会的、物質的環境のうえから考察し、治療を加えていました。近代西洋医学も、歴史的にみれば、もともとこのギリシャ医学から派生したものです。
このため、現代の西洋においても、一般医の間では、こうした本来のギリシャ的手法がいまなお踏襲されています。

西欧諸国のなかでもまだ一般医がいる国では、専門医と一般医の間に歴然たる役務上の区別があるわけですが、この区別は、ちょうどお話の東洋医学と西洋医学の間にみられる相違に、ぴったり符合しているようです。
この二つの異なるアプローチは、まぎれもなく互いに補い合うものであって、排斥し合うものではありません。患者にとっては両者が必要なのです。ただし、私自身、もし選択を迫られるとすれば、むしろまだ一般医が存在する国に住みたいと思います。私にとっては、専門医はいなくてもべつに困らないでしょう。専門医は貴重な存在、一般医は不可欠の存在というところです。

【池田】 そうした東洋にも西洋にもある伝統的医学と現代医学とが、互いによい特徴を生かしながら融合し、一体となれば、そこに画期的な新しい医学が誕生するのではないでしょうか。現代医学の科学的思考法を駆使し、生かしながら、しかも伝統的医学の特徴である全体観を失わない医学、真実の“人間の医学”が生み出されることを期待したいと思います。