投稿者:大仏のグリグリのとこ 投稿日:2017年 8月13日(日)08時47分40秒   通報
【関連資料Ⅲ】法悟空著『小説・人間革命』第5巻「烈日」

戸田はこの頃、天啓というより他にない、不思議な瞬間をもった。
――二月初旬の厳寒の日である。風はなかったが、凍りつくような寒さが、吐く白い息にみられた。

日暮れに近い午後、戸田はひとり事務所を出て、すたすたと駅の方へ足を運んでいった。
空は妙に赤らんで明るく、冬にはめずらしい夕焼けである。
吐く息は白いのに、彼はなぜか寒さを感じない。

空はあくまでも異様に明るく思われるのであった。まるで夏の夕空といってよい。

彼は、奇異な思いに駆られたのであろう。
――空の遠くへ眼を放った時、彼の胸は急に大きな広がりをもったように、
それがそのまま空へ空へと、みるみる広がっていくような想いがした。

その途端、燦爛たる世界がにわかに彼を包んだのである。
彼の脚は、平静に地上を踏んでいて、なんの変化もなかったが、彼は見た。

そして瞬間に思い出した。
――あの牢獄で知った喜悦の瞬間を……いままた彼は体験したのである。

彼の生命は、虚空に宇宙的な広がりをもち、無限の宇宙は、彼の胸の方寸におさまっていた。
彼は心で唱題し、おさえがたい歓喜に身をふるわせた。

生命の輝くばかりな充実感を自覚したまま、遍満する永遠の一瞬を苦もなく感得したのである。

彼は、ふと立ちどまり、あたりを見わたした時、灰色の街路と、
侘しい家並みと、背を丸くして道ゆく人々が目についた。

彼は、われに還ったものの、いま全生命に知った実感は消えることなく、彼の胸の底で燃焼していたのである。
そして、一切の覊絆のことごとくが、洗い流されたように、彼の頭から消えていった。

彼は口には出さなかったが、心でいくたびも繰り返していった。

「ありがたい。なんとありがたいことか! おれは厳然と守られている。
おれの生涯は、大御本尊様をはなれては存在しないのだ」

黄昏に近い、あわただしい路上である。夜学に急ぐ学生たちが、
後から後から群れをなして、彼とすれちがっていった。

この日から数日後のことである。大蔵省の内意が、清算中の信用組合に通達されてきた。
組合員の総意がまとまるものならば、組合を解散してもさしつかえないというのである。

――してみると、戸田専務理事への責任追及は、ひとまず終わったとみてよい。
組合の解散が可能ならば、戸田に対する法律的責任も、自然解消ということになるではないか。

事態は大きな変貌を示しはじめた。暗雲のなかに、一条の力強い光線が見えはじめたのであった。

昨年八月下旬以来、疾風怒濤と秋霜の真っ只中にあった、
あの苦しい月日は、いったい悪夢の年月であったのだろうか。

国法による法律的制裁が、まったく不可避のものとして、あれほど絶望的な様相をおび、
戸田城聖の一身にふりかかろうとしていたのだ。

国家の法律の適用を曲げることはできない。
戸田よりも、顧問弁護士たちが匙を投げていた事件である。

では、なにがそのような幸運な決定をもたらしたのか。
――戸田には、いまそれが、はっきりと解っていた。

「無量義とは一法より生ず」――最高の因果の法則は仏法である。

一切の因果の法則の根本は仏法にある。
したがって、「仏法、かならず王法に勝れる」ということの確かな顕証を、戸田は身をもって知ったといってよい。

日蓮大聖人の仏法のすごさは、戸田を救ったが、また同時に彼の使命の重大さを警告したものとも思えた。
彼は後顧の憂いが消滅したことを知ると、その残された生涯における使命達成への決意を強く固めたのである。

はや、逡巡とも、怯懦とも、偸安とも訣別しなければならなかった。
ここに、彼の最後の死の日にいたるまでの道程は、決定されたのである。

……………(関連資料Ⅲおわり)………………