投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール 投稿日:2017年 5月10日(水)10時07分33秒   通報 編集済
戸田城聖全集 第三卷より

ゆえに釈迦も、かの教義の最高峰として、在世の二十八品の法華経を説き、

合わせて、その中に末法の仏の出現を予言し、かつその姿を説いているのである。

このゆえに、その予言のごとく、御本仏は出現して末法の法華経をお説きになったのである。

この法華経こそ、末法の仏法であり、今日の一般大衆が救わるべき正法(しょうぼう)で、

三世の諸仏、菩薩、天魔の命をかけて守りたもうところのもので、この末法の法華経を尊崇(そんすう)し、

信仰してこそ、仏天の加護、ここに厳然たるものがあるのである。

しからば、この末法の法華経の体相はいかん。

「南無妙法蓮華経」の七文字の法華経で、事の一念三千の法門である。

すなわち日蓮大聖人の独一本門の教え、第三の法門である。

悲しいかな、世みなこの正法に背き、悪道に落ちることよ。

かく吾人が言うならば、ある人は言わん。

「それほど尊い南無妙法蓮華経なれば、今日本国に弘まり、身延、池上、仏立講、霊友会、何々会と、

数えることのできないほどの流派で唱えているではないか、天の加護なしとはなにごとぞ」と。

悲しいかな、盲人は天日を見ず、聾者(ろうしゃ)は天雷を聞かず、世みな愚痴の衆生であるがゆえに、

真実の日蓮大聖人の教えは、今日本国に流布している妙法蓮華経とは、似て非なるものである。

「仏・此の世界と他方の世界との梵釈(ぼんしゃく)・日月・四天・竜神等を集めて

我が正像末の持戒・破戒・無戒等の弟子等を第六天の魔王・悪鬼神等が人王・人民等の身に入りて

悩乱せんを身乍ら(みながら)聞き乍ら地罰(じばつ)せずして須臾(しゅゆ)もすごすならば

必ず梵釈等の使いをして四天王の仰せつけて治罰をくわうべし、

もし氏神・治罰を加えずば梵釈・四天等も守護神に治罰をくわうべし

梵釈またかくのごとし、梵釈は必ずこの世界の梵釈・日月・四天等を治罰すべし、

もししからずんば三世の諸仏の出世に漏(も)れ永く梵釈の位を失いて無限大城にに沈むべし」(御書578㌻)と。

かく御おおせの大聖人様のおことばをかみくだいて、わが心に入れたならば、

今や日本国のすがたをみて、仏の御予言におどろかぬ者があろうか。