投稿者:大仏のグリグリのとこ 投稿日:2017年 3月26日(日)09時07分24秒   通報 編集済
先ほども述べましたが、

女性の心は縁に紛動されやすく、環境や他人の心に、
自己の人生を左右される傾向が強いことを、象徴的に示したものが「三従」です。

だからこそ、教学に基づいて〝正確な判断〟が出来る力を持つことが、
もっとも大事な幸福への条件と言えるのではないでしょうか。

大聖人は

「女性というものは物に随って、物を随える身である(通解)」(御書一〇八八頁)
と語り、夫婦は互いに助け合っていくべきことを教えています。

また「男の所業は女の力による(通解)」(御書九七五頁)とも述べています。

考えてみれば、女性には〝男性を動かす力〟があることも事実です。

女性を自律した主体者として育て、
女性本来の使命に目覚めさせることによって真の幸福境涯に導いていこうと、

大聖人は考えていたのではないかと思います。
池田先生は

「女性には、生命というこの世でもっとも尊い存在を守り、
防衛していこうとする、本能的なものがある」(「人生抄」聖教新聞社刊)

と述べ

「女性は生命を産み出すがゆえに、その生命を男性よりもいとおしみ、
生命を破壊する闘争、戦争を、より嫌うという特質がそなわっているように考えられる」(同)

と、女性の特性を分析しています。さらに

「女性は虚栄心はあっても、野心はない。むしろ夫の社会的野心に対しては、
極度に憶病で嫌悪の念すらもっている。じつに、平和主義者はこうでなくてはならない」(同)

と珠玉の言葉を残しています。