投稿者:寝たきりオジサン 投稿日:2017年 1月 3日(火)18時54分17秒   通報
サンフランシスコベイサイドエリア、
ブリスベーン地区の広美恵子と申します。

1994年4月にある会社に1年未満の雇用期間で入社しました。そして半年
も経っていないとき、会社が社員の健康診断を会社持ちでやるとのことでした
が、健康保険が6ヶ月たったらもらえるので、私はそれから健康診断を受けに
行こうと思っていました。それが、美恵子さんもどうぞといわれ、かかりつ
けの医者の所に行きました。それまで、なにも自覚症状もなかったにもかか

わらず、肛門の所にかなり大きな腫瘍が出来ていると知らされました。早速、
治療が始まり、8月にはガンは完治したと言われました。治療期間中は沢山の
メンバーのお題目を頂き、良いドクターにもあたり、沢山の功徳をもらいまし
た。この信心をしていなければ、死んでいたかもしれないと1986年8月に
御本尊を頂いたことが不思議に感じられ、この日があったからこそ御本尊に巡
り会ったのだと思いました。

1998年の1月に仕事をしていた別の会社が倒産をして職を無くしました。
そして、4月ごろから、話をすると舌がもつれるような感じで、検査をしまし
た。MRIもCTスキャンも脳溢血になっていないと、問題は無いと言われました
。原因が解らないままに7月に入り、今度は左の太股が腫れ、血栓が出来て
いる可能性もあると精密検査をしたところ、下腹部のリンパ腺の中に腫瘍が2
つ発見されました。細胞検査の結果、ひとつは胞嚢で、もうひとつはガン

だと判明しました。2つともガンになっていたかも解らないのに、ひとつだけ
だったということで大功徳でした。治療は手術は出来なく、ガンが大きくなる
のを防ぐのが治療の目的と言われました。これを聞いたとき、もう今回は前の
ように幸運ではないかもと、言い知れぬ不安に襲われました。今考えると手術

が出来なくて良かったと感謝しています。手術をしていたら、もっと体
力的にも大変だったと信じています。担当のドクターもとても私の質問にも
私が納得のいくまで説明を根気よくしてくれ、最初の診断の時には自分が休暇
をとるのを延期して、2時間もかけて色々と説明してくれました。

ちょうどそのころ、組織の地区替えがあり、バーリンゲームからブリスベー
ンに所属するようになりました。ブリスベーンのメンバーが一丸になり私の
為に題目闘争を毎週やってくださり、12時間連続の日もやっていただきまし
た。前に所属していたクリスタルスプリングのメンバーにも題目闘争をして頂

きました。日本にいる妹も2年前に御本尊を頂いていましたが、あまり熱心に
信心をしていなかったようですが、私がガンになったことで、彼女の地区の人
たちに話をしたところ、地区の人たちがやはり、題目闘争をしてくださり、ま
だ会った事も無い私に寄せ書きを贈ってくださいました。それ以来、妹も勤行
、唱題をしっかりとやっているそうです。本当に素晴らしい創価ファミリー、

有難うございます。ブリスベーンの壮年部長が「地区のメンバーがガンにな
ったことは地区全体が魔に攻撃されたこと」だと、池田先生にお手紙を書いて
くれました。先生から彼にお返事がきました。その中で、特に私の為にお題
目を送りますとの素晴らしい激励を頂きました。

その年1998年12月には乳ガンが初期の症状で出来ているのも発見され
、ガン細胞を取り出すために部分的な手術をしました。2回目の抗ガン剤治療
を終わり、その上にこの手術と・・もう1999年の新年は迎えられないので
はないかと、死の恐怖が心の中を何回も通り過ぎました。しかし、お陰様で新

年勤行会に出席が出来ました。お天気も良く、生きているのがこんなに素晴ら
しいことかと生まれて初めて経験しました。見るものすべてが愛おしく見えま
した。1月に3回目の抗ガン剤投与のために1週間入院した後、CTスキャン
をとったところ、担当医の言葉を借りると”ガンは劇的に消えていたのです!
”私は自分の耳を疑い、聞き間違いではないかと信じることが出来ませんでし
た。

その日はたまたま私の女友達も一緒にきてくれましたので、彼女がびっくりし
て喜んでくれたとき、これは夢ではないのだと解りました。彼女はアメリカ
人なので先生の言った言葉を間違えて聞くはずはありませんから。ドクターが
レントゲンの先生のところにも行ってCTスキャンのフィルムを見せてもうらう

ように話しておいてくれたので行きました。彼も顔中喜びを浮かべ、ガンが無
くなっているフィルムの説明をしてくれました。

担当医は後3回、念のため、抗ガン剤治療を薦めていましたが、5月に放射
線治療を終わったときには、もう必要ないといってくれました。これもひとえ
に学会のおかげ、同志の皆様のお題目のおかげと心から感謝の気持ちでいっぱ
いです。4年前より、もっともっとすべての面で功徳を頂きました。

口の問題だけはまだ続行中です。昨年7月にやっと診断名が解りました。本
当の所、気落ちした診断でした。このことやガンのこと、池田先生にとうと
う初めてのお手紙を書かせて頂きました。先生をがっかりさせるような事を書
いたかもしれません。自分の思いをありのままに書きました。その間、聖教新

聞の「我が友に贈る」で「病に負けるな。断じて負けるな!学会と共に生き抜
こう」を見つけたときに先生からの私へのメッセージのように思いました。日
本人のメンバーから「先生から直接お返事はいただけなくとも、先生は何かの
形で必ずお返事をくださる」といわれた矢先、お手紙から1ヶ月後に吉町副理
事長を通して先生からとお念珠を頂戴しました。

お念珠の箱を開きながら私の健康は必ず取り戻して見せなければ、と決意しま
した。そして又、先生との不思議な妙としか考えられないようなつながりを
感じさせていただける事がありました。日本から10月8日の先生のスピーチ
をEメールでもらいました。その最後に先生は『病魔よされ』と大聖人が富木
常忍の夫人の病気のことを心配された御書を引用され、こうスピーチを結ばれ

ています。「私もこの大聖人のお心を拝し、病気の同志のお名前と年齢を御宝
前にお供えして、平癒の御祈念を真剣に続けている。『病魔よ立ち去れ!』
『我が学会員の病を治したまえ!』『我が学会員の寿命をさらに増したま
え!』と強く深く祈り続けている。いよいよ『創価の世紀』の開幕である
。『健康第一』で尊き一日を生き生きと前進して参りましょう。」

これは本当に、本当に先生から私へのメッセージです。この新世紀の始まりに
あたり、完全に健康を取り戻し、先生のお心を我が心として、アメリカ広宣流
布にこの体を捧げる覚悟です。再度、ガンになり、口の問題にならなかった
ら、このような決意は出来なかった私です。そして、御本尊にもそのように祈
らせて頂いています。その上、ガンと闘っている人たちを微力ながら励ますこ
とが出来たらと念じています。

先生、有難うございます。私を今日まで連れてきてくださった沢山の同志の皆
様、本当に有難うございます。又、メンバーではない沢山の友達にも多大の励
ましとサポートをもらいました。彼らにも心からお礼を言わせてもらいます。
最後にデンバーに妹がいます。彼女は私が学会のことを話しても興味が無いと
いつも言っていましたが、私のガンが治れば、御本尊を頂くということでした
が、その前に御本尊を頂き、今は一生懸命信心をしています。

長くなって申し訳ありません。去年10月に首のところにグリグリが出来てい
るのを発見し、ドクターのところへ駆けつけました。やはりガンで早速抗ガン
治療をしなければなりませんでした。あまりにも色々なことが次から次と起こ
るので、私の祈りも又疑問符のついた祈りとなりました。1月4日に和田副会
長にご指導をしていただける功徳をいただきました。和田副会長は「仏法を頭

で考えてやったらダメだ」と、「体でやる。御本尊をひたすら信じ、祈りき
っていくこと、絶対大丈夫だから」と「病気も必ず治る」と云われました。激
励のとおり、その金曜にドクターにガンは消えていると言われました。明日、
1日だけ抗ガン剤治療をしますが、もう、絶対にガンが再発しないようにもっ
と、もっと題目に挑戦して祈っていきます。
1月30日2000年第10期ソフィア中間発表会にて