投稿者:ヨッシー 投稿日:2016年12月31日(土)11時45分20秒   通報

弓「俺は、ハッと気づいた」

森「わかったわ、秋谷大老が、化猫一味の仕業を見て見ぬふりをしたいうわけやな。それにしても、あの時の殿の怒りは尋常やなかったで」

弓「それは仕方ねえ、自業自得だからな。だがな、殿の耳に入るまで放っておいて、いや、殿の耳に入るように仕向け、瓦版にまで流したのは、大老さ。化猫の野望に乗っかって、殿の命で明電叩きに本気になっていた拙者を潰しにかかったのさ」

森「ま、せやけど、オヌシ一人を潰したところで、殿の明電攻撃の流れは止められへん。あの当時、ワシだって勃樹から命ぜられて明電叩きをやっとったし、、、明電の守の元同僚やった連中かて、脅しまで入れて明電から手帳を巻き上げよった」

弓「そうさ、あれには、流石の秋谷大老も困りはてただろう。だから明電も本気で逆襲に出てきた。もう大老の手綱はあてにならぬと」

森「せやけど、オヌシの事を瓦版にまで流したんが、大老やという根拠はあんのかいな?」

弓「ある。瓦版に情報を流したのは、大老と明電の守のパイプ役をしていた重川無信心之進(おもかわ・むしんじんのしん)だ」

森「無信心之進か。奴が瓦版との窓口いう立場を利用しよって、それまでもいろいろ殿やご一族の身辺情報なんどを漏えいしておったいうことは聞いとるで。せやのに、大老や大目付殿の指示で動いているとかで、全くお咎めなしやったからな」

弓「瓦版の窓口やってただけじゃない。無信心之進は、大老の命を受けて、明電の守のところへ、毎月のお手当を運んでおったのじゃ。だから、明電の守が手帖を強奪された当日、真っ先に噛みついたのが、無信心之進のところだった」

森「さよかー、ほんでどないなった?」

弓「手帖召し上げが殿のご指示だという裏事情を全く知らない無信心之進は、手帖強奪事件のことを大老に知らせねばと思い、慌てて報告へ行くと、大老の眉間にいつもの数倍も深い縦皺が寄っていたとか」

森「とっくの昔に、報告が入っていた、、、」

弓「そう、その通りだ。で、明電は、殿との徹底抗戦を決意したんだ」

森「ちょうどその後、明電が頼みとしよった大老も大老職を追われ、現ご城代と交代させられてしもうたしな」

弓「明電の守一族が、脱藩届を出したのも、城代交代の後だった。それまでの間、除名はおろかなんの処分もされなかったのは、秋谷大老が守っていたからに他ならぬ」

森「せや、せや。五四の変で殿を追い落とそうとした二人の結束は半端あらへんからのう」

弓「殿は二人の繋がりをあぶりだすために、あえて手帖を召し上げさせて明電の守を挑発し、公儀の御沙汰に持ち込ませたんだ」

森「ほんで、役臣たちも幕府評定所で徹底的に事を構えてはみよったが、結局、敗れて手帳も返却させられてもうた。裏の悪人たちも炙り出せぬままな。おまけにちょうどその頃やで、丸衆峠の戦に大敗して鳩山幕府にかわってもたのは」

弓「殿は相当失望しただろうよ、いい気味さ、俺を“ケダモノ”呼ばわりしたんだから」

森「その政権交代の8カ月後やったな、殿が倒れはったんは」

弓「そうさ、それで俺も再起を決意したのさ。殿さえいなければ生きる道はあるとな」

森「おもろいなあ、ほんで、その後は、どないなったん?」

弓「そのころだ、明電が書を世に出したのは」

森「あの有名な『乱脈勘定』やな」

弓「そうだ。あれで本当に震え上がったのは他でもない、今や拙者の主人となった頼綱さまだ」

森「なるほど、あんだけ暴露されれば、ビビルわなあ。前大老も、明電の守の余りの切れっぷりに心底、縮み上がったと聞いとるで」

弓「しかも、明電は第二弾を構えていた。その内容があるところから流れて来た。それを見た時の頼綱さまの怯えようは、今でも忘られぬほどじゃ」

森「で、一気に和解の方向へ向かったわけやな」

弓「当時、借りをつくってまで、幕府の重役・仙石某を動かして明電を説得にかかった」

森「そのころや、ワシの方にも和解へ向かうちゅう指示が飛んできたんは」

弓「ところがだ、明電にしてみれば藩重臣が何と言おうと、殿が存命であれば自分への攻撃は止めるはずがないと言って聞く耳を持たない」

森「さすが明電、ある意味、殿のことをよく熟知しとるのー」

弓「そこでじゃ、本来、箝口令の敷かれていた殿の容態を、瓦版を使って暴露し、殿が再起不能であると喧伝して、明電に納得させたのさ」

森「例の“厳戒病室”ちゅう記事やな。あないな記事、流されよっても、殿の側から何の反応も無かったさかいな」

弓「さよう、あれは頼のダンナが、重川無信心之進を使って仕掛けた、“せんてんす・すぷりんぐ”との出来試合さ。あいだに一人、宗教ゴロの情報屋を挟んでおるがな」

森「なるほど。明電にしてみれば、殿さえおらんかったら無理な喧嘩をする必要もない。それより信濃藩の重役たちに貸しを作っとったほうが何かと使える。一方の重役たちもこれ以上古傷を暴露されんで済む。利害は一致したわけや」

弓「しかも、この“和解”をさも、皆行の守の手柄のように仕立てて、勃樹を次期城代候補にまで押し上げ、傀儡政権をつくる準備にしちまったところなんざ、俺も舌を巻いたよ」

森「流石は頼綱さま。崎山軍師の一番弟子だけのことはあるのー」

弓「その通り、今、藩を裏で動かしているのは、ご城代でも勃樹でもねえ、頼綱さまよ」

森「どこまでもついていこや」

弓「だな、いつか、日の目を見れるやも知れんしな」

森「そのためにも不満分子を殲滅して、点数稼がなあかん」

弓「そう、稼がねば、、、」

(おわり)

「信濃藩家中見聞」-外伝 “弓と森”  前編
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