【ボストン勤行会 平成三年九月二十七日(大作全集七十八巻)】
投稿者:河内平野 投稿日:2014年 9月27日(土)14時30分19秒 返信・引用

ところで聖職者といえば、代表は医者と教師と宗教の僧職であろう。

ここはニュー・イングランド地方であるが、イギリスの良医は、
「われわれの容体はどうか?」
「われわれの病気は治るよ」などと言って、「あなたの」とは言わないそうである。

病気は、医者と患者で協力して治すものだとの考えらしい。
「自分の問題」「自分の責任」「自分の苦しみ」として、とらえようというのである。

また、良き教師も、
「われわれの試験」
「われわれの合格」
などと言って、「君の試験」「君の答案」とは言わないと聞いた。

生徒がテストで良い成績をとるかどうかは、教師も試されている――テストを受けている――のであり、結果が良ければ、「共同の勝利」ということらしい。

両方とも、慈愛と責任感、あたたかい人間性が伝わってくる話である。本来、聖職者とは、人々と「ともに苦しみ」「ともに生き」「ともに進む」ものなのである。

これは仏法の精神でもある。
大乗仏教の菩薩は、人々が成仏するまでは自分の成仏を後回しにしても、人を救うことを誓う。
自分だけが仏であり、自分だけが偉いとし、皆を見くだすのは仏法の心に反する。
「ともに苦しみ」「ともに喜ぶ」――この「和合」のなかに仏法は脈動する。
(中抜)
世の中には善もあれば悪もある。
悪に寛大であれば、善は衰える。
そして悪は当然、正体を隠そうとする。
ゆえに、賢明に見破り、むしろこちらから、追撃の手をゆるめず、矢継ぎ早に問いつめていけば、化けの皮は、はがれていく。

【ボストン勤行会 平成三年九月二十七日(大作全集七十八巻)】