投稿者:寝たきりオジサン 投稿日:2016年12月 8日(木)19時42分29秒   通報
(少年少女希望新聞20120501)
池田大作

第1回いっしょに進もう
「少年少女きぼう新聞」の誕生、おめでとう!
少年少女部の「王子王女」のみなさんこそが、私の一番の「希望」です。
ですから、この新聞は、私にとっても、何よりの宝ものです。

私は、若いころ、師匠である戸田城聖先生のもとで、子どもたちの
ための月刊誌をつくっていました。
「おもしろくて、ためになる」内容にしようと、

一生けんめいに努力しました。
それを読んでくれた方が、立派な社会の指導者となって、今でも、
うれしいお便りをいただくことがあります。

私は大好きなみなさんと、この「きぼう新聞」をつくっていきたいと
思います。この新聞を読んだみなさんが、未来に向かって、

「希望の大空」を悠々と羽ばたく姿が、私には、はっきりと見えます。
みなさんは、「先生」という言葉のもともとの意味を知っていますか?
「先」に「生」まれた人という意味です。

そのなかでも、勉学や人生などの大事なことを教えてくれる人が、
「先生」と呼ばれるようになりました。
私にも、小学校の担任の先生をはじめ、お世話になった先生方が
たくさんいます。

なかでも、私にとって「一番の先生」は、戸田先生です。
ほんとうに、たくさんのことを教えていただき、感謝の思いで
いっぱいです。

戸田先生は、「後生おそるべし」という、中国の言葉が大好きでした。
これは、「後生」つまり「後」から「生」まれてくる若い人たちは、

今からの努力によって、どれほど
偉大な人になるか、はかり知れない。
だから、最高に尊敬すべきであるという意味です。
そして、その通りに、
「後生」である私たち青年を、最大に愛し、大切にしてくださいました。
戸田先生は、よく言われました。

「君たちは『後生』だから、『先生』よりも偉くなれ」と。
今、私も、まったく同じ思いです。
みんなが、立派になり、偉くなるために、「先生」の私はいます。

一番大事な君たちが成長するためならば、私は何でもして差し上げたい。
晴れわたる5月の青空のもと、花々が咲き、鳥が歌い、チョウが舞う道を
共に散歩するような気持ちで、語らいを進めていきましょう。
みんなが元気に、楽しく、学校に通えるように、毎日毎日、私は真剣に
祈っています。

私の小学校時代は、暗い戦争の時代でした。
働きざかりだった4人の兄は、次々と戦争にとられていきました。
戦争が終わってから、大好きだった一番上の兄の戦死を知りました。
その時の母の悲しむ姿は、忘れられません。

戦争には絶対に反対です。かわいいみなさん方には、あんな時代を
断じて経験させてはならないと、私は心に決めて戦ってきました。
わが家は、父が病気でした。

生活も大変でした。でも、母は、ほがらかに
「うちは貧乏の横綱だ」と笑いながら、みんなを明るくはげまして
くれました。

私は体が弱かったのですが、うんと早起きをして、家の海苔づくりの
仕事を手伝ったり、新聞配達をしたりしました。その時、体をきたえた
ことが、やがて世界中をかけ回れる土台になりました。

つらいことも、悲しいことも、たくさんありました。
それでも、今、振り返ってみると、子どもの時には、それはそれは
苦しく思えたことも、大人になると自分の大切な歴史として思い
起こされます。

「あの時がんばって、ほんとうによかったな」と思えるものです。
どんなに大きな悩みであっても、人間は必ず乗り越えられる。
このことを、みんな、心におぼえておいてください。

小学校時代の友だちのことは、いくつになっても忘れられません。
大人になってから、思いがけず町で再会して喜び合い、のちに一家で
学会員となった友もいます。

いつまでも、どんな立場になっても、
「○○ちゃん」と呼び合える小学校時代の友だちは、一生涯の宝です。
私にも、なつかしい友だちとの思い出が、いっぱいあります。

寒い寒い冬の日のことでした。
風邪を引いていた級友のために、何人かの男の子といっしょに学校の
ストーブに火をつけました。

実は、勝手に火をつけてはいけない決まりになっていました。
そこへ、とつぜん、担任の先生が入ってきて、私だけが見つかって
しまいました。

「ろうかに立ってなさい!」

「ハィ!」

私は、他の子のことは言いませんでした。
しかし、教室を出ようとする私を見て、仲間が次々と、

「ぼくもやりました」

と言ってみんなでろうかに並びました。
先生にしかられて、立たされているのに、なぜか、みんなニコニコして
いるのです。

しばらく後で先生が、私たちをご自分の家に呼んでくださいました。
先生は、やさしい笑顔でした。みんなでこたつに入って、先生から、
いろんな話を聞きました。どれだけ私た
ちを心配してくれていたか、わかりました。

そして、先生は私たちに、ご自分が尊敬している吉田松陰の言葉を、
私たちにもわかるように、話してくださったのです。
「立派な人間になるためには、よい師に学んで、恩を忘れず、
よい友だちをもつことだ」私は、この言葉の通りに生きてきました。

70年以上たった今も、変わりません。
私が信じるのは、友情です。
その友情を世界に広げてきたのが、私の人生です。
平和のため!
そして、みなさんが活躍する舞台を開くために!
私が、今、最も語り合いたい人はだれか――それは、この新聞を読んで
くれている君なのです。

あなたなのです。

未来は、誰が何といっても君たちのものです。だから――

君の中に「平和の種」がある。

君の中に「文化の種」がある。

君の中に「教育の種」がある。

君たち自身が「希望」なのです。
お父さん、お母さんにしかられる君かもしれない。うっかり忘れ物を
してしまう君かもしれない。勉強がきらいな君かもしれない。
運動がにがてな君かもしれない。

けれど、未来の世界にとって、君たちこそが「希望」の太陽です。
君たちと、こうして「対話の旅」に出発することほど、私にとって、
うれしいことはありません。また来月も、この「きぼう新聞」で、
元気にお会いしよう!