投稿者:ジョーカー 投稿日:2015年 3月 3日(火)17時22分24秒  

「会長になりたい」、これ提婆達多の一念である。会長とはどれほどの重責か、人間革命を読めば明らかであり、戸田先生は会長になることを恐れ、池田先生も拒み続けた。なりたくてなるようなポジションではなく、なりたいという一念の根底にあるのは、「尊敬されたい」「権力を握りたい」「自分を大きく見せたい」という思い上がりである。これを増上慢と言います。

大切なのは、いかなる立場であれ、「会長の精神」を持つことである。会長の責任感で、創価学会を考え、広宣流布を考える。そうすると、あらゆる問題点が見えてきて、浮き彫りとなる。そして、学会活動するにあたっての基本的なスタンスは、「学会が何をしてくれるかではなく、自分が学会のために何ができるかを考え、行動すること」である。

これは、組織に従順になるということではない。ましてや、成果に貢献するという浅いものでもない。広宣流布の研ぎ澄まされた一念を元に、組織の実質的な発展のため、自分に何ができるかである。成果を出せば喜んでくれます、会合に出れば、喜んでくれます。また人手が足りない役員系に率先して携われば喜んでくれます。だけどここで考えたいのは、「信心とはそんなもんじゃない」ってこと。そんな運営型の信心は、本来あるべき信心のスタイルではございません。

少子化や、学会活動への魅力の減退、組織の在り方の問題等により、活動家は減少傾向であるのが、ほとんどの組織の実情でしょう。増えて、発展しているほうがレアなケースであり、9割くらいの組織は、カツカツでヒーヒー言っていることでしょう。人知れず、活動疲れを起こして、信心の歓喜を失っている人も、少なからずいるでしょう。そういう状況だと、ますます一人ひとりの活動家への負担が増え、何のための活動かがよくわからなくなる現象が、いくらでも起きています。これは、現場にいれば、誰もが抱く実感であり、ポピュラーな感覚ではないでしょうか。

本来、無駄なことにエネルギーを費やしている場合ではない。本当に組織を発展させたいのであれば、価値あることをしていかなければならない。運動量だけは多いけど、そこで何を得たのか。問われるのはそこであり、成果が出たくらいで喜んでいる場合ではない。そういう意味で、現代は一律に活動を推進していく時代ではなくなっていると考えます。それぞれの組織の課題や問題点に目を向け、改善していくこと。折伏を推進したほうがいい組織、新聞啓蒙したほうがいい組織、それ以前に組織の体をなしていない程、衰退している組織。いろんな組織が存在します。組織立て直さなきゃならないレベルで、折伏の成果求められても無理だという話です。

トップダウンではなく、現場主導の組織形態にチェンジしていかなければ、少子化の波に飲まれてしまう。況や、中枢が腐っている疑惑がある中、そのような人間が指揮を執っているようでは、発展どころか崩壊する可能性すらある。戦いの肝心は「主導権を握ること」であり、今こそ、強くて賢い現場を構築することが大事になるのではないか。本部や執行部に主導権を握らせる時代ではない。

「現場に主導権を」-これこそが新時代にふさわしいスタイルであり、そのためには会員一人ひとりが、学会の実質的発展のために、何ができるかを考え、実行すること。変われなかったら滅びるだけであり、攻めの姿勢を忘れてはならない。打ち出しを待つような、守りの信心の時代は終焉したのである。