投稿者:寝たきりオジサン 投稿日:2016年10月10日(月)10時32分23秒   通報
《唱題根本で骨肉腫を克服》

私は渋谷区に住む、細川亜紀と申します。現在、大手都市銀行の外為部門に
勤めており、今年で入行12年目になります。
今、私は自分自身が、こんなに元気に過ごせていることが、不思議で
なりません。小学五年生のとき、母の勧めで創価学会に入った私は、
中学一年の冬、突然左足に激痛を感じ、広尾の日赤病院へ行きました。
診断はガンの中でも最も恐ろしいと言われる悪性骨肉腫。

病名を聞いたときはあまりのショックに、
どうしていいのかわかりませんでした。
そんな私を励ましに、同じ骨肉腫を克服した女子部の先輩・法華経の
智慧にも登場した初代スペイン女子部長の小林順子さんが五十数針も
縫った足で、階段を踏みしめながら、4階のわが家までやってきてくれました。
そして「『南無妙法蓮華経は師子孔の如し、いかなる病さはりをなすべきや』
(御書P1124)と日蓮大聖人はおっしゃっている。

どんなに大変な病気でも、この妙法という生命の法理をもって治らない
病気なんてないんだから」と言ったのです。その大確信と、実証を示した姿に
感動し、母娘でお題目に真剣に取り組み始めました。

もちろん、時にはいつまでこの状態が続くのか、と苦しくなるときも
有りましたが、その度に小林さんの言葉を思い出して頑張りました。
するとその後、ガン細胞はレントゲンの度に小さくなり、ある日、
とうとうガン細胞の固まりは消え、そのうえ、ぼろぼろだった骨も
元通りになったのです。これには医師も『信じられない』と驚嘆していました。

《突然の再発・左足切断、師匠の激励》

しかし、それから三年後、その克服した骨肉腫が再発したのです。
再発は恐ろしい痛みで始まりました。もし肺へ転移していれば、
あと半年の命。一度克服したとはいえ、深い谷底に突き落とされた
ような苦しみでした。しかし、私には何より御本尊様があり、
入れ替わり立ち替わりの激励をしてくれる学会員の方々と友人がいました。

医学では助からないと言われても、私には不可能を可能にするこの信心が
あり、御書には、大悪おこれば大善来たるとあるじゃないか、と母と二人で
必死にお題目をあげました。
死ぬか生きるかの、当に真剣勝負の闘いであり、又、恐怖との闘いでも
ありました。

あまりの痛みに声もあげられず、畳をかきむしることもありました。
主治医は「このまま放置すれば、必ず肺へ転移し、患部もどんどん膨れて、
最後には皮膚が裂けて腐ってしまうよ。それならば今のうちに…」と
切断を勧めるのです。

しかし切断しても、殆どの人が亡くなっていきます。それに、“自分の体から
足が一本なくなる、そんなことは絶対に嫌だ”という思いで一杯でした。
しかしその頃、母が毎日十時間のお題目をあげ、喉から血が出たというのです。
私はそんな母を見て“絶対に死んじゃいけない、どんな姿になっても生き抜こう”
と腹を決め、切断を決意したのです。

そんな中、毎週のようにお見舞に来てくれていた高校の担任の先生が、
「自分にできる事は信心して一緒に祈ることしかない」と入信を決意したのです。
聞いてみると私たち親子の確信ある姿に、「この信心には何かあると感じた」
と言うのです。

それから数日後、なんと池田名誉会長から病院の看護婦さんもびっくりする
ような見事な激励の花束と、『早く元気になって下さい。待っています。』
というメッセージを頂いたのです。会った事もない私の事に心を尽くされる
池田先生の慈愛に触れ、私は涙をどう止めていいのか解りませんでした。

昭和五十九年六月一日、私はこの手術、絶対勝ち取って見せると心に決め、
手術台の上へ登りました。意識が戻ったのは夕方で、私は切断特有の痛みも
感じないまま、母の顔を見ました。
「頑張ったね、亜紀ちゃん。」その一言を聞き、私はただ感謝の思いで
一杯になりました。

高校の方は、8カ月の休学で完全に出席日数不足でしたが、先生方の
ご配慮で三年生に進級できました。

《創価大学合格、師匠池田先生のもとへ》

高校に戻ってからも、池田先生の『待っています』というご伝言が脳裏から
離れませんでした。お題目を重ねるうち、それは病気の完治ばかりでなく、
“池田先生が創価大学で私を待っていて下さる”という意味に思えてきました。
その思いを信心している身体障害者の集い《自由グループ》の皆に話したところ、

『亜紀ちゃん、創価大学に行って、私たちの希望となってね』と、私より重い
障害をもちながら生き抜いている人に励まされたのです。
『池田先生のもとへ行こう』と心が決まり、創価大学進学を決意しました。
そして必死に勉強しましたが、それでも、今の進み具合では時間が全く足りない
と気付いたのは天王山といわれる夏休みも終わりのことでした。

丁度その時、私の思いを知っておられたかのように池田先生から、
『一生涯希望と努力の栄冠の人に』という揮毫を頂いたのです。
“どうして先生は、こんなに温かいんだろう”と…..。
再び勇気を吹きこんでいただき、再度、勉強に挑戦し始めました。
我が家は母子家庭のため、金銭面が心配でしたが、『あなたは勉強する人、
私はお金を貯める人』と笑顔で言ってくれる母に支えられました。
そして使命のある所へと祈りに祈り、高校の先生方が全員「不可能だ!」
と言っていた第一志望の創価大学英文学科に合格することができたのです。

大学では美術部に入り、ロビー展示に私の拙い絵を飾って頂いたところ、
思いがけなく、池田先生にお買い上げ頂くことができました。これは先生の
激励以外の何物でもありません。感謝の思いで一杯です。
又、長年の夢も在学中に達成できました。二年生の夏休みに、私は一人で
約一カ月半、ヨーロッパ旅行をして来る事ができ、その際、知り合いの地域の
座談会等に参加し、手伝ってもらいながら、拙い英語で、自分の体験を
話してくることができたのです。又、アメリカに行った際は、ニューヨークの
座談会に参加させて頂き、片言でメンバーと体験を語り合うことができました。

最近は母と毎年1回旅行するのが恒例となり、可哀相に母は
あちこち引き回されています。

《祈りきって、就職・挑戦の日々》

そして、大学四年生となり、今度は就職問題と直面しました。唱題しつつ、
“本当に進みたい道は”と原点に立ち戻ってみました。結局、何よりも
使命のあるところへと進み、早く母に恩返しをしようと決意、決まったのが、
現在勤める銀行だったのです。その銀行は外為専門銀行で普通の銀行とは
少々違っており、実は面接のときまで、私もよく知りませんでした。

しかし内定したとき、大学の就職課に報告に行ったところ、
「えっ、凄いね!!」と驚かれ、「なかなか入れないんだよ」と言われたのです。
私はその時、“今まであげてきたお題目は本当に無駄じやなかったんだ!”
と思いました。

しかし、ここからが私の第2の挑戦の幕明けだったのです。
配属されたのは外国為替の資金取引などを円で決済するセクションです。
周りは優秀な人ばかり。互いに英語で議論しているという恐ろしい光景も
ありました。扱う額も 10億、20億円は当たり前で、自分たちの給与明細の
数字を見たとき、“桁が小さすぎて読めない”という声が上がったほどです。
書類もテレックスも英文で国際電話もかかってきます。

一瞬一瞬が勝負という仕事のスピードに障害者の私が果たしてついていける
のかと食事も喉を通らなくなったこともありました。
そんなときも池田先生のスピーチを何度も読み返し、越えられない坂はないと
自分に言い聞かせながら心を奮い立たせました。

そして上司から「モタモタしないで走れ!」と怒られても「走れません」と
言い返しながら、ひたすら頑張ってきました。
ある時、私が大変多額の支払い漏れを起こしてしてしまい、しかも金曜日の
ことだったため、取引が再開される月曜までの土日を含む3日分の膨大な金利の
損失を被るという状況になったこともありました。金利だけで軽く自分の年収を
越えてしまいます。しかし資金室の方の努力でその金利以上の利益が上がり、
諸天の加護を実感したこともありました。

そして新入社員歓迎会でのダンスや運動会のチアガールまでやらせてもらうなど、
何ら差別を受けず、最近ではすっかり逞しくなった自分を実感しております。
後輩の教育も任され、先生と呼ばれたりしながら、今は明年の欧州通貨統合へ
対応するべく、チームリーダーに任命され、信仰を根本に社会で負けない自分を
作ることができたと感謝の思いで一杯です。

《自己の使命を確信し、師匠と共に》

昨年は10月6日の聖教新間に体験を載せて頂き、又、11月3日の創友会総会に
おいて卒業生代表として、先生のいらっしゃる場で活動報告をさせて頂きました。
自分より凄い創価大学・短大の先輩を差し置いて、一体何を言えるのかと
非常に悩みましたが、結果としてこの厳しい時代において、必死に生きている
ということ、苦しくても負けないということ、ただそれだけのことがどれだけ人に
勇気を与えるのかということを身をもって感じさせて頂きました。

そう考えたとき、私たち自由グループの使命は計り知れないと思わずには
いられません。池田先生のご指導の中に、『仏法では、この世に生を享けた人は、
誰人たりとも使命があると説かれている。今日集まった諸君一人一人にも使命がある。
それは地味であり、派手なものではないかもしれない。
しかし誰人もが偉大な信仰によって、生命の充実と、人生の満足感を味わいながら、
多くの悩める人々に、勇気と希望とを与えて行く、平和の勇者の行進なのである』
とあります。

必ず私には私の使命があると信じ、全力で戦う池田先生の下、今を精一杯生き抜いて
まいります。

2000年5月3日
細川亜紀さんの信仰体験は
シナノ企画 ビデオ NO.116「幸の栄冠」にも
収録されております。