投稿者:大仏のグリグリのとこ 投稿日:2016年 5月18日(水)09時12分30秒   通報
この地涌の菩薩が登場し、地涌の菩薩のリーダーである四菩薩と釈尊の対話を聞いて、
虚空会にいた仏弟子たちは動揺し、疑いを起こします。

つまり、本門の開幕はこの「動執生疑」から始まったといえます。

池田先生は「動執生疑とは、それまでの信念が大きく揺らぐことです。いわば既成の世界観が根底から打ち破られるのです。
人々が安住している価値観を劇的に打ち壊すことによって、釈尊の本地――真実の境涯が説き明かされていく。

・・・・それは深くとらえると、人類の生命観、人生観、世界観、社会観を一変させる精神革命なのです。
この涌出品と寿量品に秘められている意義を掘り下げていくことは、岐路に立つ現代文明の病根に抜本的な治療を加えることになる」
(法華経の智慧二〇七頁)と述べています。

歴史を紐解けば、鎌倉幕府に大聖人が立正安国論を提出したことによって、
当時の権力者や既成宗教の僧侶たちに動執生疑が巻き起こりました。

日本に仏教が伝来して七百年、仏教に対する当時の人々が持っていた価値観を
大聖人が劇的に打ち壊すことによって、大聖人の本地――真実の境涯が説き明かされたのです。

それからさらに七百年、創価学会が誕生し創価三代の師匠が仏教界と世界の民衆に動執生疑を巻き起こし、
人類の生命観、人生観、世界観、社会観を一変させる「精神革命」の先駆を成し遂げます。

そして日蓮大聖人も創価三代の師匠も、全民衆に動執生疑を巻き起こし、それがためにあらゆる迫害に遭いました。

考えてみれば、大聖人はもちろんのこと
三代会長も迫害に遭うことによって、その時すでに発迹顕本していたのだと思います。

あとはその後継の弟子たちが内外問わず、自らの行動で動執生疑を起こす戦いを実践し、
迫害を通して自分自身の発迹顕本を断行するしかないと思うのです。

それがあってこそ創価学会の発迹顕本も成し遂げられると考えます。

ただ誤解してほしくないのは、大聖人や三代会長が一切衆生に起こした動執生疑は
「生命の本質とは何か」「人間のための宗教とはどうあるべきか」を世に問い、

間違った権威権力者を諌めた結果として迫害されたということであって、
決して迫害されることを弟子に勧め、奨励したわけではありません。

迫害されるために正義を訴えたのではなく、正義を訴え貫いた結果、迫害されたのです。