投稿者:大仏のグリグリのとこ 投稿日:2016年 7月26日(火)15時01分10秒   通報
■二、飲食が節制されていないがゆえに病む。

これは飲み食いに節度がないという意味です。
飲みすぎや食べすぎ、また偏食や無謀なダイエットは身体に良くないのは当然です。

止観には「節度ない飲食は多くの病気を作る原因にもなり、五臓(内臓)の妨げになる(趣意)」とあります。

■三、坐禅が正しく調わないゆえに病む。

これは座って行う坐禅の修行が調和していないという意味ですが、
身体の動作や呼吸、また精神の集中が乱れている状態をも含まれます。

止観には「心が慢心になり怠けていることによって、魔がそれに付け入り、
背・脊髄・関節が痛くなる病気で最も治りにくい(趣意)」と述べました。

広い意味で言えば、日常の姿勢の悪さや運動不足、またそれとは逆に肉体を酷使することによって起こる病のことです。

■四、鬼が便りを得るゆえに病む。

〝便りを得る〟とは〝付け入る〟という意味ですが、
鬼が身体に付け入って病の原因になるという意味です。

仏法でいう〝鬼〟は、人の功徳や生命を奪い、天変地異や社会・思想の混乱などを
起こす原因になることから、病原菌などによって起こる病気(ウイルスや細菌などによる伝染病)と考えられます。

止観には「四大五臓は鬼ではない。もし四大五臓に入れば鬼病と名づける(趣意)」とあります。

考えてみれば、さまざまな病気が起こる原因は、
なにも六つのうちの一つだけをもって病気が決まるのではなく、
六つの因縁が複雑に絡み合って引き起こっているのではないかと考えます。

つまり「これが原因で病気になった」というような単純なものではないということです。

たとえば、医師は患者の症状を見て、その原因がどこから来ているのかを突き止めようとします。

〝お腹が痛い〟と訴えた患者に対して、いつから痛くなったのか、痛くなる前には何を食べたのか、
どう痛むのか、時々痛みが治まるのか、それともずっと痛いのか等々――。

医師は患者の話をよく聞いてその原因を導き出し、治療や予防を試みようと努めます。
それでも分からなければ、今度は科学的に精密検査をして原因を調べます。

それと同じように人間の〝悩み〟というものは千差万別であり、
その悩みの内容や背景をよく聞かずして信心指導などできるわけがありません。

先ほども述べましたが、まずは相手の話をよく聞いて、それでも分からなければ、
経験豊富な先輩に聞くとか、御書に求めるとかの方法を用いて、

その後に何らかの対処やアドバイスをすることが重要だと思います。