投稿者:無冠 投稿日:2016年 7月18日(月)04時03分44秒   通報 編集済

全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2007-1-6 【新時代第3回本部幹部会 第16回全国婦人部幹部会】

●仏法は勝負 断じて勝て
一、最初に、わが同志の万歳をしよう。
 わが創価学会の同志、広宣流布の同志の万歳を!(大拍手)
 〈西口総関西長の音頭で、参加者が元気に万歳を三唱〉
 本年もよろしく!
 健康で、勝利また勝利の1年であることをお祈りします。
 皆さまがお元気そうで、私は本当にうれしい。
 「大事なこと、それは今、ここにある人生であり、ここにいる人々だ。そうだ! それが今、何よりも大切なことだ」 アメリカの詩人ホイットマンが、弟子に語った言葉である。
 どこかではない。
 いつかではない。
 大事なのは、「今、ここ」である。「今、ここ」にいる人々である。
 またホイットマンは、こうも語っている。
 「『同志』──これ以上のものはない」 「この同志という絆のほかに、私たちを結束させ、満足させ、大いに成長させるものはない」
 同志の存在が、どれほど尊いか。どれほどありがたいか。

●苦労してわかる人生の宝の価値
 一、ドイツの文豪ゲーテは書いた。
 「人生の宝の値打がわかるためには人生の苦労を積まなければなりません」(小栗清沢「トルクヴアート・タッソー」、『ゲーテ全集5』所収、潮出版社)
 苦労してこそ、人生がわかる。深い喜びも味わえる。苦労のない生活は、良いように見えて、味気ない、薄っペらなものだ。
 創価の女性の皆さまに、「優れた女性は、事において徹底していなければなりません」との、
近代看護の母ナイチンゲールの言葉を贈りたい(湯槇ます監修・薄井坦子他編訳『ナイチンゲール著作集第3巻』現代社)。
 スイスの19世紀の哲学者・文学者のアミエルは「天国も地獄も世界も我々の中にある」と綴っている(河野与一訳『アミエルの日記』岩波文庫)。
 仏法に通ずる見方である。
 またアミエルは、「人を幸福にすることはやはり最も確かな幸福だ」(同)と書いた。
 私たちの折伏の修行は、相手の幸福を願っての実践である。その実践によって、私たち自身も、それ以上に幸福になっていくのだ。
 やりましょう!(大拍手)
 古今の哲人が残した英知の言葉は、仏法と表裏一体である。

●勝てば楽しい
 一、戸田先生は、よくおっしゃっておられた。
 ──勝つことは、明るく楽しい。笑顔が美しい。負けることは、暗く苦しい。
 ゆえに人生は、断じて勝たなければならない。
 負けたものは、哀れだ。負けてはならない。勝ちゆくための信心であり、仏法だ──と。
 我々は勝ちましょう!
 すべてに!(大拍手)
 日蓮大聖人いわく、「仏法は勝負」である。
 これには、深い深い現実の意味がある。永遠の法則がある。
 学会は、毎年、勝ち進んできた。
 「勝ち負けは 人の生命の 常なれど 最後の勝をば 仏にぞ祈らむ」
 戸田先生が私にくださった最後の和歌である。
 勝つこと、負けること。人生にはいろいろある。もしも負けたときには“負けるが勝ち”で笑い飛ばして前へ進んでいけばよい。きゅうくつになってはいけない。
 しかし最後は、断じて勝つのだ。御本尊に祈りに祈って、最後は勝たなくてはならない。

●願い切ること!これが確実な道
 一、ここで、戸田先生のご指導を拝したい。
 まず、50年前の1957年、年頭の言葉である。
 「おのれも大地に足を踏みしめ、はなやかな希望に生きるとともに、世の人たちをも同じく大地に足を踏みしめさせて、人生に晴れやかな希望をもたせようではないか」
 こうした先生のご指導を、私は大切に記録してきた。
 また戸田先生は、婦人部に対して言われた。
 「真剣に、御本尊に願い切りなさい。この簡単な原理が、皆、分からない。これが一番、遠いようで、確実な早道になっていくからである」
 遺言とも言うべきご指導である。
 先生は「大病を患った人は人生の深さを知っている」とも語られた。
 その通りである。
 いわんや、私たちには妙法がある。妙法を唱えている人は、どんなに大変な立場であったとしても、深い、深い、大哲学者であり、大勝利者である。宿命を、必ず転換していける。
 生きていく上で、「生老病死」は避けられない。
 大事なことは、負けないことである。
 もう少し、話を続けさせていただいてもいいだろうか。〈「ハイ!」と賛同の返事が〉
 日本全国の人々が楽しみにしてくださっている。また、世界の皆さんも待っておられる。だから、少しでも語っておきたい。
 疲れたら、寝ていてもいい(笑い)。自由に、のんびりして聞いていただきたい。
●確信ある信心を
 一、戸田先生は指導された。
 「どんな人間であっても、『生老病死』の四苦を避けることはできない。これを唯一解決できるのが妙法である」
 ともかく、信心だ。
 表面上、一面的には、たとえ解決していないようであっても、全部、いい方向、正しい方向、幸福の方向、永遠性の幸の方向へ向かっていけるのが妙法の力である。
 この偉大な妙法を日蓮大聖人は、命をかけて残された。
 本当の信心があれば、何も怖くない。必ず幸せを開いていける。
 初めから悩みや苦労がなく、何もかも幸せであったら、かえって不幸であるかもしれない。
 作家の吉川英治氏は、ある裕福な青年に言った。
 「君は不幸だ。早くから美しいものを見過ぎ、美味しいものを食べ過ぎていると云う事はこんな不幸はない。喜びを喜びとして感じる感受性が薄れて行くと云う事は青年として気の毒な事だ」(『吉川英治とわたし』講談社)
 苦労のない人生は、愚かな人間をつくる。結局、迷走である。
 戸田先生は断言された。
 「本当に御本尊にお願いすれば、病気をする原因が、こんどは丈夫になる原因に変わる」
 これが妙法だ。大事なのは「確信ある信心」である。
 ありがたくも、私たちはせっかく、尊い妙法を受持しているのである。偉大な力を、大いに使うべきである。

●恩知らずを見下せ
 一、戸田先生は述べられた。
 「いかなる嵐があろうとも、同志を断じて裏切ることなく進め!
 全人類を幸福にする広宣流布の勝利の日まで、鉄の団結で進みゆけ!」
 と。
 この恩師の重大な決意のままに、私たちは強く強く進んでまいりたい。
 これまで学会や同志にお世話になりながら、その大恩を忘れ、裏切った人間もいた。非道にも反逆して、広布の和合を乱した人間もいた。
 こうした、己の欲望にまみれた忘恩の輩など、断じて見下して進んでいくのである。
 「終にほろびざるは候はず」(御書1190ページ)の御金言の通り、正義の学会に反逆した者たちは、一人残らず、苦しみの末路をたどっていることは、皆さんがご存じの通りだ。

●創価の女性を鑑とせよ
 「大聖人は、末法において広宣流布に励む者は、「男女はきらふぺからず」(御書1360ページ)と仰せになられた。
 男女平等は、御本仏の大宣言であられる。
 にもかかわらず、女性を下に見たり、威張って命令するような男性幹部がいたならば、とんでもないことだ。
 絶対に変えていかなければ、学会の発展はない。
 戸田先生はおっしゃった。
 「一番、信用できるのは、無名の庶民である。健気な会員である。
 創価の婦人部のように、女性の方が、いざという時、腹がすわっている。
 勇気があって、恐れがない。
 この方たちを見よ!模範にすべきだ。
 この真の勇者に最敬礼をすべきだ!」
 無名の庶民が大事なのである。
 なかんずく、創価の偉大なる女性たちが懸命に戦ってくださったからこそ、今日の学会がある。
 それを夢寐(むび)にも忘れてはいけない。
 とくに男性は、組織で幹部になるほど、また社会的に偉くなるほど、増上慢になり、人間的に堕落していく者がいる。
 そうならないように、私は、厳然と言うべきことは言い切っておきたいのだ。
 男性幹部は、婦人部、女子部に最敬礼して、「いつもありがとうございます。本年もよろしくお願いします」「私が戦います。どうか一緒にお願いします」と笑顔で、皆に頭を下げて、感謝していくことだ。
 真実の勇者である創価の女性を「模範」とし、「鑑(かがみ)」としていくのである。それが恩師の厳命である。
 学会は、女性を本当に尊敬していけば、さらに今の何倍も発展していける。
 「女性の時代」である。学会も取り残されてはいけない。
 壮年部、男子部の諸君は、この点を、しつかりと胸に刻んでいただきたいのだ。

●青年よ頼む!
 一、さらに戸田先生が期待されたのは、青年であった。
 先生は、「広宣流布をするのは、青年の力だ。青年に意気込みがあるかどうかが問題だ」と、きっぱりと断言された。
 青年部よ、頼む!
 断じて、頼む!
 私も青年であった。
 19歳の時から、敢然と戦い、世界的な創価学会をつくってきた。
 どれほどの苦労をしてきたか──とても言葉では言い表せない。
 戦後の混乱期、事業に失敗された戸田先生は、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされた。
 そのとき、先生は、学会を支えていた事業の再建を私に託された。
 「大作、頼むよ」と。
 私は誓った。
 「私がすべてやります」「先生は、お体をお休めください。私が断じて苦境を打開します。そして、絶対に先生に、学会の会長になっていただきます!」と──そういう師弟であった。
 ただ一人、弟子が立ち上がり、師匠を守り、師匠に仕え、信念で戦ってきた。すべてに、師弟不二の精神で勝ってきた。
 この最も辛く厳しい時代に、学会発展の楔は厳然と打ち込まれたのである。これが真実の学会の歴史である。
 自分のことになって恐縮だが、将来のために、あえて語っておきたい。
 「良き青年」は、「良き歴史」を創り、幸福である。青年時代の歴史が、最も大切なのだ──と戸田先生は喝破された。
 次は諸君である。本門の青年部が断固として立ち上がる時である。
 青年部、頼むよ!〈「ハイ!」と力強い返事が会場にこだました〉

●今、全世界に 地涌の菩薩が
 私が19歳で戸田先生を師匠と定め、広宣流布の法戦に身を投じた時、若き生命に深く刻みつけた御聖訓がある。
 それは、「(法華経の大白法、すなわち日蓮大聖人の仏法が)日本国ならびに全世界に広宣流布することも、疑いないのである」(御書265ページ、通解)との御文である。
 私はこの大聖人の大確信を拝し、「よし、そうなのか!」と心に深く決めた。
 そして、戸田先生を師匠として、先生を永遠に世界の歴史に残してみせると決意したのである。
 以来、60年──。
 時は満ちて、今、全世界の190カ国・地域の大地に、地涌の菩薩が舞を舞うごとく躍り出ている(大拍手)。
 それぞれの国において、堅実にSGIへの理解と信頼が広がっていることは、皆さま方がご存じの通りだ。
 海外では、昨年の1年間だけでも、新しいメンバーが5万人も誕生したことを、ご報告したい(大拍手)。

●強き祈りで!
 一、最後に、ホセ・マルティの次の言葉を贈りたい。
 「勝とうと挑戦する人は、すでに勝利している」
 私たちも、勝とう!
 以上でスピーチを終わりたい(大拍手)。
 皆さん、1年間、またよろしくお願いします。健康で、祈り強く、皆から喜んでもらえるような指揮を執ってください。頼むよ!
 また、海外の方々も本当にご苦労さま! ありがとう!
 どうか、よい1年間でありますように! お幸せに!
 芸術部の皆さん、そしてスポーツ界で活躍する皆さんも、頑張ってください! 多くの友が応援しています。
 負けた時は、「負けるが勝ち」。あとは全部、勝っていけばいいのだ。
 風邪をひかないよう、気をつけてください。
 きょうは長時間、本当にありがとう お元気で!(大拍手)