投稿者:河内平野 投稿日:2014年 9月 6日(土)18時35分33秒 返信・引用 編集済

次元は異なるが、仏法においては「法」に従うことによって成仏する。
反対に、「法」に反した「人」への盲従は、地獄への道である。
私どもは、どこまでも、また、いかなることがあろうとも、ただ日蓮大聖人の仰せどおりに行動していけばよいのである。

「法の人」であったサンタンデル将軍はまた「教育の人」でもあった。発展の礎は教育にあると確信していた。
重要なのは、彼が「教会に教育権を独占させてはならない」と強く主張し、実行したことである。
彼は普通の学校はもちろん、神学校まで、政府の監督下に置いた。

教育の内容も改めた。ラテン語など教会による古典の授業より、実用的な英語、フランス語の学習を優先させ、イギリスのベンサムの功利主義(「最大多数の最大幸福」を説く)など、時代の先端の思想を学ばせた。

ボリバルは、この教育改革にも反対。いったんはカトリック教義の授業が必修になる。
すると今度はサンタンデル将軍が、ふたたび、新思潮の勉強を復活させる――こうした食い違いが、しだいに両者の対立を増大していった。

また何より、将軍が教会から憎まれたことは容易に想像できる。
教育こそが、国民に「人間としての権利と義務」を教える――。
この将軍の情熱によって、全国に教育施設ができ、「中央大学」も創立された。「出版の自由」も定められた。

ある人はたたえた。
「スペイン統治の三百年間、学校はつくられなかった。しかし共和国政府は、危険の多い独立戦争のまっただなか、大砲がとどろきわたるさなかで、教育を推進し、あらゆる場所に光を流布させた」

「共和国政府」の中心がサンタンデル将軍である。
「あらゆる場所に光を流布させた」――この賛辞は、将軍に贈られたといってよい。

「学は光」「無学は闇」である。教育は、魂の闇を払う暁の光である。
ゆえに、徹して学ばねばならない。賢くならねばならない。
サンタンデル将軍は「戦いのまっただなか」で「教育」の栄光の旗を掲げたのである。

【関西会・長野の代表研修会 平成三年七月二十五日(全集七十七巻)】