投稿者:だいせーどー   投稿日:2015年 3月21日(土)12時07分45秒     通報
御書と青年  立正安国の旗(2010.4.29/30付聖教新聞より)

君よ 新時代の建設者と立て!
生命の尊厳が輝く地球へ
正しき哲学こそ平和の基盤

棚野男子部長

池田先生、輝きわたる「5月3日」、誠におめでとうございます。
第3代会長にご就任されて50年、先生が指揮を執ってくださった創価学会の大発展は「奇跡の中の奇跡」です。

高名な識者も、「釈尊の一代の説法は、50年と言われています。その50年を現実に超え、世界192カ国・地域に仏法を広められた池田先生の功績は、類を見ない人類貢献の歴史です」と驚嘆されていました。
私たち青年部は喜びと誇りに燃えて、前進しています。

池田名誉会長

ありがとう! 青年が立ち上がる以上にうれしいことはない。これからの50年を託すのは、君たちです。
君たちは不思議にも、今この時、21世紀の広宣流布を成し遂げゆくために、願って躍り出た地涌の勇者です。仏法の眼から見れば、君たちが自ら立てた誓願なのです。使命のない人は一人もいない。

熊沢女子部長

女子部も、史上最高の「華陽のスクラム」を朗らかに拡大しています。新たに結成された池田華陽会の第3期のメンバーも、はつらつと元気いっぱいです。

名誉会長

広布の若き太陽の皆さんの活躍を、全国、全世界の父母たちも、どれほど喜んでいることか。
何の遠慮もいりません。思う存分、歴史を残しなさい。創価の未来を頼むよ!

棚野

はい。池田先生が32歳で会長に就任されたのは、昭和35年(1960年)です。
この年は、日蓮大聖人が、鎌倉幕府の最高権力者である北条時頼に「立正安国論」を提出された文応元年(1260年)から、ちょうど700年に当たっていました。
そして今年、「青年の月」7月には、満750年の佳節を迎えます。青年部は、必ず大勝利で飾ってまいります。
そこで今回は、「立正安国」の精神について、おうかがいしたいと思います。

21世紀における立正安国とは?

名誉会長

「立正安国」は、日蓮仏法の根幹です。「大聖人の御一代の弘法は、立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」とも言われます。
この「立正安国」の実践を忘れたら、日蓮仏法は存在しないといっても過言ではありません。

棚野

先日、学生部のメンバーから質問を受けました。「『立正安国論』が書かれたのは13世紀の鎌倉時代です。21世紀の現代で、立正安国とは、具体的にはどういうことなのでしょうか」と。

名誉会長

難しいことを聞くね(笑い)。だけど、学生部は真剣だ。簡潔であって、核心を突いた質問です。
私は、ますます「立正安国」が必要な時代に入ったと思う。人類が待望してやまぬ世界平和のために、立正安国の思想が不可欠なのです。

世界の各地で、大きな自然災害も続いている。経済の不況が長引き、人々の心も動揺している。だからこそ、揺るがぬ「精神の柱」「哲学の柱」が求められています。

「立正」とは「正を立てる」。すなわち「正義の旗」を打ち立てることです。真実の生命尊厳の思想を根幹としていくことです。

ゆえに正しい思想、正しい信念を持った君たち青年が、現実の社会の真っ只中で勇気をもって立ち上がること、それ自体が「立正」なのです。

熊沢

はい。私たちの日々の広布の行動が「立正安国」に直結しているということですね。
海外の女子部から、安国の「国」は日本だけを指すのか、との疑問を聞きました。

名誉会長

立正安国の「国」について、日寛上人の文段には「意は閻浮及び未来に通ずべし」と説かれています。
安国の「国」とは、広々と「全世界」そして「永続する未来」へ開かれているのです。
そもそも「国」といっても、時代とともに、機構や体制なども変化を続けています。
「立正安国」とは、もっと普遍的な地球文明の次元へと広がっていく理念です。

熊沢

単に鎌倉幕府のための立正安国ではない、ということですね。

名誉会長

その通りです。安国の本義は、国家体制の安泰ではありません。
あくまでも、民衆自身の幸福、万人の国土の安穏を意味します。
「民衆のための立正安国」「人間のための立正安国」「青年のための立正安国」なのです。
大聖人が「立正安国論」に認められている「国」には、
「囗(くにがまえ)」に「民」を入れた「?」の文字が多いことは、よく知られています。
国は「民が生きる場」と想定されているのです。

棚野

先生と、中国の国学大師・饒宗頤博士との対談でも、論じ合われましたね。
「囗」に「王(玉)」を入れた「国」の字は、もともと「王の領地」を表します。それに対し、
「立正安国論」に「?」の字が用いられていることに、饒博士も感嘆されていました。

名誉会長

大事なのは民衆です。民衆が根本です。民衆が平和で安穏に暮らせる社会をつくらなければならない。
そのためにこそ、「生命尊厳」「人間尊敬」の思想を厳然と確立することです。

一人一人の生命は限りなく尊極である。「生命軽視」「人間蔑視」の風潮を断じてはびこらせない。
どこまでも「一人を大切にする社会」「万人の幸福を実現する社会」を築く。
それが21世紀の立正安国の実践です。