投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2015年 2月20日(金)14時04分28秒    通報 編集済
各部代表幹部会・第三回長野県総会  (1992. 8. 8)
昭和三十二年(一九五七年)八月、ちょうど三十五年前の今月である。私は、戸田先生に呼ばれ、この軽井沢の地を訪れた。
当時、私は二十九歳。この時が初めての長野訪問であった。
戸田先生の最後の夏をともに過ごした、ここ軽井沢は、忘れ得ぬ「師弟不二」の天地である。
当時、戸田先生のお体は相当、衰弱されていた。私は心に先生の死を予感し覚悟しつつ、小説『人間革命』の執筆を固く心に誓った。
世間は戸田先生に対して、さまざまに誤解し、批判・中傷したが、戸田先生の「真実」は、そばで仕えきった人間にしかわからない。ゆえに私は、戸田先生の弟子として、先生の「真実」を断じて書き残したい、この偉大な師匠の「栄冠の人生」「勝利の人生」を 満天下に示してみせる、と心に決めた。
この青春の決意のままに書き進めてきた『人間革命』も、まもなく完結(全十二巻)を迎える。
「師弟」の精神こそ、仏法の精髄であり、学会の根幹中の根幹であると、後世のために改めて申し上げておく。

戸田先生は、昭和二十八年(一九五三年)、中央大学の講堂(東京・お茶の水)で行われた学会の第九回総会の折、「 和合僧」についてこう語られた。なお、中央大学は戸田先生の母校である。
「僧とは、社会を指導し、人を救う資格をもつのが僧である。心中ではたがいに憎しみ、猫がねずみをうかがうようなのは、形は法衣をまとっても僧ではなく、いまの学会の組長、班長が、一生懸命でいっさいの人々のために働いている姿こそ、真の僧といえるのである。この結合を破るものには、かならず罰がある。
うそだと思ったら、やってみたまえ。和合僧とは、仏法上の哲理をもってすれば、学会のことである」──と。
衣によって「僧」となるのではない。「信心」と「行動」によって「僧」となるのである。「正法」によらず「 己義」を構え、「人々」のためでなく「自分」の欲望のために働く 坊主は、人間以下である、と。
戸田先生は、常々、そうした悪侶にたぶらかされてはならない、負けてはならないと厳しく指導されていた。そして、「法」のため、「人間」のために献身する学会員こそ、真実の「僧」であると断言されたのである。
今、悪の本性を民衆の前にさらけ出した 堕落僧についても、当時から「悪い坊主に気をつけろ」と言われていた。鋭い 慧眼の、不思議な先生であられた。
(この第九回総会には、当時の法主日昇上人、堀御隠尊猊下<日亨上人>、堀米尊能師<日淳上人>、細井尊師<日達上人>も出席している。そのうえでの戸田会長の講演であった)
御書、経文の仰せのままに、そして戸田先生の指導通りに、 仏勅の「広宣流布」へ進む創価学会こそ、真実の「和合僧」である。和合僧を壊そうとする者に厳しい現証が出るのは絶対に間違いない。
この「異体同心」の尊い結合を、だれにも破らせてはならない。破られてもならない。我らはいよいよ朗らかに、心を合わせながら、この偉大なる「幸福の前進」を続けてまいりたい。