2014年9月13日 投稿者:信濃町の人びと 投稿日:2014年 9月13日(土)23時12分11秒 極悪と戦う者は、極善となる。 極善の功徳は、無量であり、金剛不壊(こんごうふえ)のわが身となる。これが、釈尊そして日蓮大聖人のお約束である。 大聖人は、「悪法によって人を地獄に堕(お)とすであろう邪師(じゃし)を見ておきながら、その悪を責め、明らかにしないならば、 その人はかえって仏法の中の敵となる」(1156ページ)と断じておられる。 人を地獄に堕とす邪師を責めなければ、わが身が仏敵となる、との厳しい戒(いまし)めである。悪を責めなければ、自分が悪の味方となってしまう。 ゆえに、中途半端ではなく、徹底して戦うしかない。 勝利とは何か。戦い続ける、その信心が、すでに勝利なのである。 栄光とは何か。 戦い続ける、その前進の姿こそ、栄光は輝いている。 (1993年12月25日) Tweet