投稿者:中野C 投稿日:2014年 9月13日(土)17時30分43秒  
民衆が賢明になる以外にない!

暴君を追い出しても、追い出した者のなかから、新たな、より巧妙な暴君が出現する。(中略)

特権意識を振り回す「権威的人間」を超えて、どう「民主的な人間」を生みだすのか。ここに問題がある。ここに「人間自身」を革命しゆく仏法、信心の重大な意義がある。

 そのうえで、もっとも民主的な日蓮大聖人の仏法の世界にあっても、「権威的人間」に支配される可能性はつねにある。そうなれば「広宣流布」の理想は実現できない。

 民衆が賢明になる以外にない。そして悪と戦わねばならない。

 民衆の率直な疑問や希望を権威で抑えつけ、納得も信頼も与えようとしない人々。そうした存在と戦いぬかれたのが、大聖人の御生涯であられた。門下の私どもが同様に、正義を訴えるのは当然である。横暴な権威・権力と一生涯、戦ってこそ、真の「民主的人間」となる。

1991.2.14海外派遣メンバー協議会