2016年10月26日 投稿者:赤胴鈴之助 投稿日:2016年10月26日(水)18時20分41秒 通報 大仏のグリグリのとこさん、レス、ありがとうございます。 私は中卒職人です。 理論は重視しませんし、分かりません。 >そんなにむずかしく考えないでください。笑< もっと具体的に、実践的に説いてもらえませんかとお願いしています。 後半部分に具体的に説かれていたので、内容は少し理解できたかと思います。 合っているかどうか書きますね。 引用失礼します。 >まず「円融の三諦」が説かれたのは法華経だけです。< 十界互具、一念三千ということですね。 >これに対して、爾前教では三諦が別々に説かれました。< 日寛教学では、行布を存すると習ったような・・・。 地獄餓鬼などバラバラに説いて差別があるとか・・・。 >これを「隔歴の三諦」といいます。 >爾前教で説かれた三諦論は「隔歴三諦」 >法華経で説かれた三諦論は「円融三諦」 >三諦を一つと見る、三諦を別々のものとして見る。それだけの違いです。 ここで、宮田教学は、釈迦本仏論ですが、釈迦は本尊を顕わしてないという論、もあります。 円融三諦が釈迦本仏論で成り立つのでしょうか、これ一。 釈迦本尊がないということになれば、仮諦がないということになって、釈迦仏を立てたら謗法 になりませんか。 天台宗は釈迦本仏説なのでしょうか、釈迦を本尊としていないと思いますが・・・これ二。 身延は、どんな理由で、釈迦を本尊としているのですか。これ三。 伝教大師は、比叡山の根本中道に薬師如来を本尊としているとネットで見たのですが・・・。 その意味をご存知なら教えてください。 Tweet