投稿者:信濃町の人びと   投稿日:2015年 7月 4日(土)23時41分50秒     通報 編集済
虹さん、師弟不二さん、ありがとうございます。
2011年11月18日発刊の23巻
勇気の章では【大御本尊】と記載されています。

どちらが魔か?誰か言ってましたが??
はっきり明確です。

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新・人間革命   勇気 三十二

ひとたびは一身に罪を被り、法廷で正義を証明しよう
と決意した山本伸一が、大阪拘置所を出たのが、
一九五七年(昭和三十二年)の七月十七日であった。

若師子は、民衆の大地に、再び放たれたのだ。
この日の夕刻、中之島の大阪中央公会堂で、大阪
大会が行われた。大阪をはじめ、各地から駆けつけた
同志で、場内はもとより、場外も、人、人、人であふれた。
それは、伸一の不当逮捕への憤怒と、権力の魔性を
打ち砕き、断じて創価の正義を証明せんとする、関西の
決起の日となったのである。

午後六時、開会が宣言された。やがて、にわかに空が
暗くなり、雨が落ち始めた。そして、瞬く間に激しい豪雨となり、横なぐりの風が吹き荒れた。稲妻が黒雲を引き裂き、雷鳴が轟いた。

多くの同志が、今日まで獄舎に囚われていた伸一の姿を思い、学会への非道な仕打ちに、諸天も激怒しているのだと感じた。場外で、激しい豪雨にさらされながらも、帰ろうとする人は、一人もいなかった。

雨に打たれながら、特設されたスピーカーから流れる、登壇者の声を聴き取ろうと、皆、必死に耳を澄ましていた。

山本伸一の登壇である。師子吼が轟いた。

「最後は、信心しきった者が、大御本尊様を受持しきった者が、また、正しい仏法が、必ず勝つという信念でやろうではありませんか」

その叫びが、皆の心に突き刺さった。場外の人びとは、
どの顔も、雨と涙でぐしゃぐしゃであった。この山本室長が、無実の罪で牢屋につながれ、手錠をかけられ、辛い、惨めな目にあわされてきたんや。

権力なんかに、負けられへん。負けたらあかん!
戦いは、絶対に勝たなあかん!
伸一と共に、創価の勝利を涙で誓った、この日が、
「常勝関西」の不敗の原点となったのである。

=2010年5月10日・聖教新聞=