師とともに生きる   投稿者:だいせーどー   投稿日:2015年 5月 9日(土)00時12分1秒     通報
おばんです。

夜中に登場です。悪と戦う意味が見えてきました。
仏法の教えは歴史物語などでなく、今を生きている人の為にあるのですね。

お二人の素晴らしい投稿に感謝です!!!
「在在諸の仏土に常に師と倶(とも)に生ぜん」

(法華経化城喩品第7にあるとおり)

「いたるところの諸仏の国土に、常に師とともに生まれる」

==============================

(アルベア様)
池田先生が教えてくれた生き様を受け継ぐ、生々世々、繰り返されていく。
では、どうすればいいのか、答えは、師匠が求める「師弟不二」の体感・体験ある弟子

となり、師弟不二の体感・体験者を現出していくことです。そうすることにより魔・魔

民は消えていく、冥伏するのです。そうした「師弟不二」の体感・体験をする時が「今」

なのです。仏の智慧が師弟不二の弟子にもたらされるのです。それは圧倒的な仏の軍勢

となり攻めいていくことになるのです。なんと痛快なストーリーでしょうか、

魔軍の棟梁を攻め落とすことは、この板に集う方々が師弟不二の体感・体験をすること

なのです。なぜ「今」なのか?それは偉大なる師匠の総決算の時期にきているからです。

そして、そのことが師匠の呼びかけに応じることになるからです。私たちは法華経の智

慧の舞台に今、いるのです。すごい事です。わかりますか、

「師弟不二」の現出させる使命の時が「今」おとずれているのです。

=============================

(ヨッシー様)

2005年に池田先生が、矢野絢也を倒す戦いを起こされるに当たって、
青年部長の杉山と男子部長の弓谷を呼んでおっしゃったそうです。
「これから最後の最大の敵である矢野をやる。私が矢野を倒すのは簡単だが、
それではダメなんだ。青年部の力で倒しなさい」と。

ちょうど、戸田先生が掌中の珠である弟子の勇姿と底力とを、没後のためにた
しかめておくため、昭和31年大阪の戦いを山本伸一にやらせたように、
池田先生は、打倒・矢野の戦いを谷川や弓谷、森井らに任せました。
ところが、この連中らは、先生の期待を裏切り、矢野の手帖を取り上げることすら
できずに、創価学会に「裁判所公認の証拠ねつ造教団」の泥を塗り、「脅迫男」の
汚名を着せられたまま、仏敵と和解してしまったのです。
そして、あろうことか、「大慢のものは敵に随う」との御金言通り、矢野と気脈を
通じる秋谷らの軍門に取り込まれてしまったのです。

この連中は、明らかにニセモノの弟子です。本物の弟子はどこにいるか?

ジョーカーさんの表現を借りるなら、「創価学会特殊部隊(宿坊の掲示板)」
(http://6027.teacup.com/situation/bbs/21900)は間違いなく、本物の
弟子の集まりの一つであると確信します。

それはなぜか?
一昨年から続く「会則改正」騒動で、「四人組」に一つだけ、誤算がありました。
それさえなければ、すべてを強権で押さえ込み、自分たちの悪事は公然化せず、
すべて思うがままにできたはずのことが起きてしまいました。

ご明察の通り、「宮地文書」「遠藤文書」の流出です。

昨年7月下旬、「信濃町の人びと」さんがこの掲示板にポストした二つの投稿
(http://6027.teacup.com/situation/bbs/8262 と
http://6027.teacup.com/situation/bbs/8278)
が発火点となって、さまざまな正義の言論の闘士が、
まさに大地から涌き出てくるかのように登場して、
「会則改定」問題をはじめとする「四人組」のさまざまな
悪事を白日のもとに曝き、多くの心ある学会員の知るところとなったからです。

先にも申し上げましたが、
先生の最晩年前後、予言通り現れた四人組を「若く新しくなった池田大作」

たちが立ち上がり倒していく――その痛快無比の壮大なドラマがこれから
繰り広げられていくと思うと、感無量です。

本当に、法華経ってすごいですね! 池田先生と共に歩む人生って素晴らしい
ですね! 法華経を現在のこととして読むことができるのですから!!!