投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2015年 2月24日(火)14時38分8秒    通報
楽しく拝見しています。さあ、池田先生の思想を学んでいきましょう。

一切種智の意義──智慧即慈悲②

”絢爛たる「人華」広がる世紀へ”

斉藤 多様な個性の人々を等しく潤すのは、智慧即慈悲の大境涯なのですね。

池田 そうです。師匠である仏の慈悲に潤されるのです。そして自身も慈悲の当体として成長するのです。人間を潤すのは人間です。生命を潤すのは生命です。
薬草喩品の最後には「仏の説きたまう所の法は、譬えば大雲の一味の雨を以って 人華を潤して 各実を成ずることを得せしむるが如し」(法華経二五四ページ)とあります。
私は、この「人華」という言葉が好きです。個性を持った一人一人の人間の開花というイメージが強く出ています。

釈尊には、どの人も桜海桃李の果実を実らせる、色とりどりの花のごとく見えたのではないだろうか。その「心」を薬草喩品では学びたい。

これは「多様性の調和」という二十一世紀の根本問題に直接、かかわってくる。多様な民族・文化が、その多様さを尊重しつつ、同じ「人間」「生命」という次元で連帯していく。それなくして人類の未来はない。多様性が世界に「対立」をもたらすのではなく、「豊かさ」をもたらすようにしなければならないのです。

そのカギが法華経の人間主義にある。その具体化は「慈愛の人格」です。

ガンジーが、インドの独立運動で、あれほど多くの民衆を動かせたのはなぜか。私は、その根本の要因は、ガンジーの人格にあったと思う。真理に生き、戦い抜いて、磨かれたガンジーの人格が、民衆の心を潤したのです。

象徴的なエピソードとして、以前(一九九四年八月、北海道研修道場で)にも語ったことがあるが、ふたたびここでふれておきたい。(青年部主催の講演会〈「マハートマ・ガンディーにみる政治と宗教」〉で孔子の森本達雄氏が紹介〈「聖教新聞」九四年七月五日付けに掲載〉)

「ある重大な会議を前にガンジーは着席していた。しかし、何かそわそわした様子で、あたりを見回したり、机の下をのぞいたりしていた。
『何か、おさがしですか』ある人がと聞くと、ガンジーは『鉛筆をさがしているのだ』。それではと、その人はガンジーに自分の鉛筆を渡した。
すると『その鉛筆は、私のさがしている鉛筆ではない』。これから大事な会合が始まろうというときに、どうしてこんな小さなことにこだわるのかと不思議だった。
『どうして、この鉛筆ではいけないのですか』『その鉛筆ではだめだ』
ガンジーはつよく言った。
しかたがないので一緒に机の下をさがした。やっと見つかったのは、三センチほどの、ちびた鉛筆だった。

ガンジーは説明した。
「私が以前、独立運動を呼びかけ、援助を求めて覚知を演説して回っていたとき、ある会場で一人の少年が、この鉛筆を寄付してくれた。
子どもにとって大事な鉛筆を、独立運動のために差し出してくれたのだ。そんな一人一人の国民の『思い』を忘れて、私の政治活動はありえない。
こうした一人の少年の『心』を忘れて、いくら政治を論じたところで、それは空論にすぎないだろう。この気持ちを私は捨てることができないのだ」

彼にとって、ちびた鉛筆は鉛筆ではなかった。美しい「心」そのものだった。だから捨てられなかったのです。
人々から「マハトマ(偉大な魂)」と尊敬されていたガンジーが、一方では「バプー(お父さん)」と呼ばれて親しまれていた秘密が、このあたりにあるのではないだろうか。
私も会員の真心がこもったものは紙一枚、むだにはしません。日蓮大聖人は、真心の白米を供養された時、こう教えてくださっています。「白米は白米にはあらず・すなはち命なり」と。

本当の人間の世界においては、物であっても物ではない。命であり、心なのです。いわんや人間自身は、最高にかけがえのない存在です。
斉藤 ガンジーには、民衆への無限の信頼があったと思います。「一人に可能なことは万人に可能である」(クリパラーニー編『抵抗するな・屈服するな──ガンジー語録』古賀勝郎訳、朝日新聞社)という信念で、あの「非暴力」の理想を説き、大規模な民衆運動を組織化していきました。
池田 そう。運動や組織というものは、命令や規則で長続きするものではない。いわんや、強制で動かしても絶対にうまくいかない。一人一人の個性を尊重し、勇気と希望を与え、喜びも苦しみもわかち合ってこそ、多くの人々が団結できるのです。
和気があり、触発があって、真の民衆運動が成り立つのです。