投稿者:河内平野  投稿日:2014年10月23日(木)15時23分41秒
昨日もお話ししたが、ブラジルのアタイデ氏(ブラジル文学アカデミー総裁で、一九九二年に開催される《自然との対話》写真展の名誉実行委員、九十三歳)は、「世界人権宣言」の推進者の一人。

《人権の闘士》として今も活躍されている。
「最高に価値あるものは何か。それは《人間の存在》である。
それ以外は皆、一時的なもので、状況に応じて変化する」――この一貫した精神が、氏の活動を支えている。

たとえば、宗教といっても、人間あっての宗教である。
人間を基盤とし、人間のためのものでなければ、まったく意味がない。
人間という《最高の価値》に尽くすかぎりにおいて、宗教に価値が生まれる。

アタイデ氏は語る。
「『世界人権宣言』の特色は、人種差別、階級差別、貧富による差別、健病(健康か病気か)などの差別を取り除いた《皆、平等》の思想である。
私たちは皆、人間であるからこそ、平等でなければならない。
人間として生まれれば、皆、その尊厳を保障される権利をもっている。
この思想は、まさに池田先生がリードする仏法の哲理と、まったく同じである」

学会の運動によって、世界の最高峰の知性も、仏法の哲理に注目している。
共感を寄せている。

まさに私どもは《世界を舞台》に歴史の最先端を切り開いているのである。
「平等」こそ、人類すべてが認める普通の価値である。
いわんや最高に「平等」の仏法の世界に「差別」を持ち込むのは、反仏法であり、反人類であり、時代逆行である。

さらに、アタイデ氏は続ける。
「民衆の『平等』のための運動に反する権威・権力は、世界的・普遍的な『人権』に傷をつけている。
人権に傷をつけることは、人間として最低である。人間と呼ばれる権利はまったくない。
世界平和のためには、全人類の人権という点を自覚せねばならない。
人権、民衆の心に注目しない人や国は、時代に逆行していると断ずる以外にない」

「権威主義のかさのもとに、人間と人権を傷つけることは、最も崇高な人間の自由を傷つけることになる。
人権を中傷する者は、いかなる高位の者であれ、人間として《失格者》である」

「『世界人権宣言』の起草者たちは、将来のことを考えていた。
未来に大きく起こるであろう人権問題のことを考えていた。
私たちは《人間》ということを考えていた。
人間という視点からつねに考えていたから、将来を見抜くことができた。
池田先生が今、民衆のために権威主義と戦っておられることも同じ原理である。
民衆のこと、人間のことを真剣に考えているからこそ、未来を見通されているのである」

私どもの「宗教革命」の戦いは、まさに人間の自由、人権のための闘争である。
時とともに、その重大な意義が明らかになっていくことを、強く確信していただきたい。
【川崎文化音楽祭 平成三年十二月十五日(全集七十九巻)】