2014年10月13日 投稿者:クールポコポコ 投稿日:2014年10月13日(月)12時29分4秒 誰か私を呼んだ?様 >マイスターを尊敬しろというザックスの最終演説が、ヒトラーに利用されたこと >を思い出しました。 >職員幹部を尊敬しろに聞こえてきて(笑) 異体同心の和合僧団たるべき創価学会を蝕む最大の病巣が、 A見組織本部長を落としT川会長への道を開こうとした葬儀屋と法匪とS藤・T治らの いわゆる「悪の三位一体」であることは、ここまでの検証で論を待たないでしょう。 「組織内組織」は悪というなら、この「悪の三位一体」と、 その鬼っ子でパワハラの限りを尽くしたT治一派ほど、 学会の組織に悪影響を与えた「組織内組織」はない。 怪文書攻撃、婦人部間のチェーンメール利用、マスコミへの情報リーク、 口コミによる誹毀讒謗、盗聴、不正ログイン、通話記録の不正取得等々―― この連中の権力奪取のためには、なんでもありのやり口からヒトラーを連想するのは、 大げさなことではない。「職員幹部を尊敬しろ」という精神性までそっくりですね。 まさに、山友の血脈をひく悪の正嫡です。 その連中による学会乗っ取りの野望が完結しようとしている今、私が思い出すのは、 『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』(ドイツの反ナチ運動組織告白教会の 指導者マルティン・ニーメラーの言葉に由来する詩)です。 (※『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』でググって、wikiをご覧ください) いろんなバージョンがあるようですが、主な一つは・・・ 「ナチスが共産主義を攻撃したとき、彼は多少不安だったが、 共産主義者でなかったから何もしなかった/ ついでナチスは社会主義者を攻撃した。彼は前よりも不安だったが、 社会主義者ではなかったから何もしなかった/ ついで学校が、新聞が、ユダヤ人等々が攻撃された。彼はずっと不安だったが、 まだ何もしなかった/ ナチスはついに教会を攻撃した。彼は牧師だったから行動した―― しかし、それは遅すぎた」 これを、ここで話題になっているH氏に当てはめると・・・ 悪の三位一体が「天鼓」でA見を攻撃したとき、H氏は声をあげた。 しかし、良心派の職員らは何もしなかった。 悪の三位一体のY尋が葬儀屋に妙観講盗聴事件の訴訟指揮を任せ、 重要証人の陳述書のスリカエデッチ上げなどデタラメなことをやった。 このときも、H氏は声をあげた。しかし、良心派の職員らは何もしなかった。 2001年、悪の三位一体らがH頭氏を追い落としたときも、H氏は声をあげた。 しかし、良心派の職員らは何もしなかった。 これ以後、聖教ではT治らがのさばるようになった。 2006年春、T治らが9年間で5000万円もD出版社にたかった事件が発覚し、 同社経理部長が外郭に飛ばされた。このときも、H氏は声をあげた。 しかし、良心派の職員らは何もしなかった。 結果、T治はお咎めなし。逆に、同年夏、声をあげ続けたH氏が諭旨退職させられた。 しかし、良心派の職員らは何も動かなかった。それどころか、T治は編集局長に昇進し、 副会長にも抜擢された。すさまじいパワハラの嵐の始まりである。 2009年、T治一派の横暴は頂点に達した。狂気の嵐が吹き荒れた。 パワハラに心を病んで出社できなくなった記者も出た。 事ここに至ったとき、聖教の若手らが声をあげた。 さすがに、動かざること山の如しの良心派の職員らも一部ではあるが若手を応援した。 声がCPに届いた。T治一派16人が“打ち首遠島獄門”に。 ただし、解雇や除名にはならないあまあまの処分だった。 しかし、T治事件は、下からの告発で上の不正が糾弾された“学会史上初”の前例となった。 同年夏の総選挙大敗北による自公連立崩壊で、さしもの「悪の三位一体」も息絶え絶えに。 しばらくなりを潜めていたが、2010年夏のCPの病気入院と、民主党政権の自滅で息を吹き返し、 2012年暮れの政権復帰で完全復活。いよいよ本性を露わに。 宗教性より政治の権謀術数を優先、 CPの思想より学会の組織厳護を優先する「悪の三位一体」の路線が露骨になった。 この動きに、一人の青年職員が告発に立ち上がった。 しかし、結局、2012年春、懲戒解雇に処せられた。 このときも、良心派の職員らは青年を守ろうともしなかった。そして、2013年・・・。 「悪の三位一体」は、11・18の大誓堂落慶の時を、 自分たちの独断専行による学会改造総仕上げの決着点と定めた。 春から大御本尊の意義改変、日蓮世界宗の旗揚げ、会憲の制定をごり押しし始めた。 一方、T川は都議選、参議院選で一般会員が奮闘している最中、 11・18の会長就任への行程を練っていた。 「私は11・18で会長になります・・・」 障害は二つ。一つは不適切な関係がバレてしまった女子職員の処遇。 もう一つは最大恥部374919事件の証拠を握るH氏の社会的抹殺。 参院選が終わるやいなや障害の排除に動き出した。女子職員には寿退社を理由に退職を。 投票が終わるや、早々に、職場の同僚や地元組織の誰にも告げず夜逃げ同然で転居した。 H氏には同じ週に四谷警察へ刑事告訴。 不正ログインして入手した文書や、デッチ上げの自作自演怪文書を根拠に警察を動かし、 H氏を逮捕、起訴させ、それを理由に学会を除名にする作戦だった。 ところが、学会本部から漏れ伝わってきていた情報でH氏が逆襲。 作戦は結局不発に。 9月に入って、「悪の三位一体の連中」が大御本尊問題、 会憲問題の決着を急がなければならなくなった時、教学部が立ち上がった。 T治事件の時も立ち上がった人たちだった。 いよいよ良心派の職員らも立ち上がり始めた。 大御本尊問題、会憲問題も、教学部の踏ん張りによって、 CPから「拙速に急いでやるようなことではないのではないか」 「今は、もめ事を起こす時ではない。裁判なんかも少なくして」等の回答が引き出され、 「悪の三位一体」も結局、引き下がらざるを得なかった。 しかし、立ち上がり始めた時は、すでに時遅しか!? カギをにぎっていた人々が「悪の三位一体」一派に取り込まれ、良心派の職員らがついに標的に。 この掲示板でT治一派の残党職員から暴露があったように、昨年12月には、 良心派の副会長二人が局長から外され、今年6月にも局長兼任の副会長が。 7月には教学部の二人も更迭された。 こう見てくると、 「悪の三位一体」一派による学会乗っ取りを潰すチャンスは幾度もあったと分かる。 「天鼓」事件の時、葬儀屋を潰しておくべきだった。 「悪の三位一体」の最初の大ピンチだったかも知れない。 9年間で5000万円のタカリも、T治だけでなくS藤の仕業でもあるのだから、 この時、セットで追放すべきであった。 Y尋ら法匪連中(そして秋谷)の最大のピンチは矢野問題。 CPがギリギリねじを巻いていた頃は、二人の胃もさぞキリキリ痛んだことであろう。 証拠の音声データの改ざんが最高裁で認定された時、弁護士グループは解体しておくべきであった。 ましてや矢野本第二弾「創価学会と暴力団」におののいて和解するとは!! 法匪連中が一番恐れているのは、矢野裁判、矢野和解の舞台裏を暴かれること。 それを握っている人物二人を解雇では足らず除名処分に付し、 その人間関係を寸断しようとしたのが動かぬ証拠。 おごる平家は久しからず。ナチスも長続きせず滅んでいっった。 「悪の三位一体」も今が絶頂。 あとは、正体を暴かれ転落の一途をたどるのみだ!! Tweet