投稿者:まなこ 投稿日:2017年 7月20日(木)09時27分56秒   通報
(2)積極的行動主義

【池田】 今世紀における世界の動向の焦点の一つがアメリカであったことは、まぎれもない事実です。とくに第二次世界大戦においてファシズムの嵐がヨーロッパに吹き荒れたとき、民主主義と自由の擁護のためにアメリカが果たした役割は、高く評価されてしかるべきだと思います。
しかし、その後、米ソ対立のもとに世界を冷戦の渦中に巻き込み、朝鮮動乱、ベトナム戦争などに関与したことは、重大な誤りであったといわざるをえません。これについては、アメリカ国内においても反戦運動が繰り広げられ、“汚ない戦争”といわれたベトナム戦争も、ようやく終息するに至りました。そこで問題は、アメリカは今後、国際政治においてどのような路線を進むかということです。いわゆる建国以来の基本路線であった孤立主義に戻るのか、それとも現代世界の超大国として主導権を維持しようとするのか、博士の予測をお伺いしたいと思います。

【トインビー】 第二次世界大戦勃発当時にアメリカ議会が通過成立させた“中立法”では、アメリカは不戦の決意を表明していました。真珠湾事件が起きなかったとしたら、アメリカはおそらく戦争に介入することはなかったでしょう。ところが驚いたことに、戦後のアメリカは国際的な積極的行動主義の政策を推し進めて、今日に至っています。これは“建国の父祖”たちが、国外紛争への介入を回避する有名な警告を発して以来の、従来のあらゆる政策にまったく反するものです。
アメリカの積極的行動主義の政策の殆どが共産諸国、とりわけソ連に向けられたことは注目に値します。かつてアメリカは二度の世界大戦で、ドイツと二回、日本と一回交戦したわけですが、実際の戦闘を別とすれば、この両国に対する敵対意識には激しいものがほとんどありません。
ところがソ連に対しては、一九一七年以降、きわめて激しい反応を示してきたのです。これは一体、なぜでしょうか。
私には、これはアメリカ人がきわめて国内志向的で、そのため共産主義についても、国際政治の場で対処すべきものと考えないためであろうと思われます。それどころか、彼らは共産主義を富裕なアメリカ市民の懐を脅かす、国内的脅威とみなしています。日本やドイツは、たしかにアメリカの政治的安全を脅かしました。しかし、これらの国々は、共産主義の基本思想が与えるような、アメリカの富の共有化とか接収とかの脅威は与えませんでした。

【池田】 私の見方は、アメリカに一貫して流れているのは、理想郷思想だということです。移民と開拓の当初から、アメリカ人の心には、旧世界をあとにして新しい天地に新しい国、理想的な社会をつくるのだという意気込みがあったと思うのです。モンロー主義は、そうした自国建設に専念するための手段であったと考えます。
ところが、二十世紀に入って、二度の世界大戦はアメリカの孤立主義を許さなくなってしまいました。これらの大戦に介入した当初のアメリカの心情は、不承不承のものであったと推測します。ところが、アメリカの力がすでに世界の運命を左右する強大なものになっていることに自ら目覚めたとき、アメリカの人々は、理想郷建設の理念を世界的規模に広げて考えるようになっていたと思うのです。そして、ここから積極的な世界政策が生まれたと考えます。
しかし、それはあくまで力を中心においたやり方であって、そのためにさまざまの問題が生じています。私は、アメリカがそうした理想主義をもって世界に臨むことに反対はしません。ただし、それは財力や武力によるのではなく、文化によるのでなければならないと考えます。

【トインビー】 ええ、まさにおっしゃる通りです。さいわいなことに中ソ紛争のおかげで、アメリカとしては、共産主義が自国を転覆させるのではないかという恐れを、いくぶんか和らげることができました。これにともなう緊張緩和によって、アメリカがもっと非好戦的、非敵対的な中ソ政策をとるよう、私は期待しています。これら三大国が人類のために力を合わせることこそ、全世界のためにきわめて重要だからです。