投稿者:生涯&広布一筋兄弟メール 投稿日:2017年 5月 7日(日)12時33分9秒   通報 編集済
戸田城聖全集 第三卷より

「王の寿(いのち)終わって後は大地獄の中に生まれん」と。
またいわく「夫人も王子も大臣も、その政治の責任者はまた同じ」。
とそのごとくであるかいなや、仏眼によるにあらずんば知るによしないが、仏は不妄語(ふもうご)の方である。
仏が不妄語の人ならば、”仏法ー真実の仏法”のまさに滅せんを見て捨ておいた王の後生のほどは恐るべきである。

これ三つの不祥(ふしょう)のことありという中の一つである、

「穀貴」(こっき)とは、ものが高くて民衆が買うことができない、
生活程度が下落することで、すなわちインフレのことである。インフレに悩むぞとのことである。

二つに「兵革」(ひょうかく)とは、戦争の災難を受けるということである。それが、外国からの戦争にしても、
内戦にしても、民衆にとって、なんの価値があることであろうか。

三つに「疫病」とは、伝染病の流行である。また、民衆の精神分裂を意味する。
一人は共産主義だ、一人は資本主義だ、一人は享楽(きょうらく)主義だ、また個人主義云々と。
民衆間に思想上、政治上、なんの統一も行われない姿である。

この大集経の三つのすがたが東洋になしとするか、また、ありとすれば、何処の国をさすのか。

これ皆、仏の金言に背いて仏をまつらないところから出来したものである。邪宗教、低級仏教によって、

仏の真意に背く仏罰である。

日蓮大聖人の

「世皆正に背き、悉く悪に帰す、故に善神は国を捨てて相去り聖人はところを辞して還(かえ)り給わず」との教えを、

再度繰り返して吾人は叫ぶのである。

ある人は言うであろう「仏教は東洋のものだ。東洋に仏教なしと、だれがいうか。インドにも、ビルマ(注:現ミャンマー)、
仏印(注:現ベトナム)にも、中国にも、朝鮮にも、仏教はある。ことに日本は仏教の国ではないか。

仏教がないと、だれがいうのか。

そのうえ、日本は神の国である。神々が日本の国を捨てるわけがない。
おかしいことをお前は言うではないか」と。

「仏教のある国を、諸天善神が守るなら、日本も守られて良いはずではないか」と。