2015年2月10日 投稿者:大仏のグリグリのとこ 投稿日:2015年 2月10日(火)16時47分25秒 そして 「私には、長老派、いわゆる上座部派の教団側にその原因があったように思われてならない。 これはあくまでも私の推測だが、後に大乗教徒によって『小乗教』と非難されたように、 部派仏教時代の上座部系教団は、釈尊在世中の生き生きした脈動を忘れて、大衆から遊離し、 権威主義に陥っていたのではないだろうか。 もし彼らが、釈尊の教えを見失うことがなければ、これほどの分裂はなかったはずだ。 しかし、別の一面からいえば、仏法が釈尊一人のものから万人のものとなるために、 経なければならない道程だったかもしれない。 いわば、胎動の苦悩の時期とも考えられる。 あらゆる論が出されて、それがさらに大河となって流れる時を待っていたにちがいない」 と語り、 「一応は上座部が正統派で、大衆部が異端であるかのようにみえるかもしれない。 しかし問題は、仏教本来の精神に照らして、いずれが正統派であるかといえば、 苦悩に沈む民衆のなかに飛びこみ、一人でも多くの人を救ったほうが、真実の正統派であるといえる」 (私の仏教観 四十二頁)と結論付けています。 Tweet