投稿者:寝たきりオジサン 投稿日:2017年 1月20日(金)18時40分25秒   通報

一千五百万人の心をつかむ男

五島勉(大和書房)

□権力者との対決

……このように、池田は末端の少年少女の会員たちと快く接触するが、半面、日
本の最上部を構成している人間たちともしょっ中会談する。池田自身はそれをひ
どくいやがるけれども、彼の好悪にかかわりなく、先方から頭をさげて会談を求
めてくるトップたちはひきもきらない。

中には池田の哲学に関心をもって、謙虚な気持ちで教えを乞おうとする人もなく
はないが、大部分は何とか池田にとりいり、彼の輩下にある創価学会の巨大な人
的勢力を、政治的ないしは商売に利用させてもらおうという連中がほとんどであ
る。日本の保守政治家のうち、最大の実力者の一人だった故大野伴睦老なども、
その口だったらしい。

もう○○年ほど前のことだが、大野は自民党首脳部全体の意向を受け、池田に秘
密の会談を申し込んだ。目的が何だったか、今となってはわからないが、おそら
く国会選挙や国会運営面に創価学会の協力を求めること―――その見返りとして
政府としても法的・財務的に学会のため何らかの便宜をはかる、というようなこ
とだったと思われる。

池田はいったん断ったが、先方の希望が非常に強く、うるさくてかなわないので
、儀礼的な意味でいちど会うことにした。場所は招待者側の手で、都内の一流ホ
テルの特別室がひそかに用意された。

さて、その夜、池田はいつものように単身で出かけていくと、ホテルの内外は保
守系直属の屈強な人数でがっちりかためられている。護衛とも威圧ともとれるも
のものしさである。おまけに、池田は定刻数分前に定めの部屋に入った――彼は
きわめて時間に厳格で、めったに人を待たせたことはない――のに、大野はいく
ら待ってもなかなかこない。

これは大野だけでなく、保守系の「大物」たちに共通した習性で、実際に忙しく
て時間がとれないということもあるし、前もって相手に無言の圧迫を――オレは
貴様らとはちがうんだぞ、という印象をやきつけるためのみえすいた手段でもあ
る。

こうして、約30分後、大野は数人の陣笠連中とたくましいボディ・ガード多数
をしたがえ、悠容せまらざる態度であらわれた。礼儀正しく迎えた池田に対して
、大野は軽くアゴをしゃくり「やあ、なにしろワシは忙しい体でな」と高飛車な
初対面のあいさつを投げた。

瞬間、キッとなった池田が静かに立ち上がって答えたのは――

「忙しいというなら、私も忙しい体である。一千数百万人の会員が常に私を待っ
ていてくれる。あなた方の態度はこれでよくわかったから、私はもうあなたと話
す必要はまったくないようだ」

おだやかにこれだけいうと、さっと席を蹴って帰りかけた。大野側の随員たちが
あわてて止めようと手を伸ばしたが、「無礼者!」という池田の低い一喝に、み
んなふるえあがってその場に立ちすくんでしまった。

「あのとき、会長先生の全身から後光と火花が散ったように思った。おれは長い
あいだ、いろんな人物と接してきたが、敵にまわしてあのくらい恐ろしい人を見
たことがない。ちょっとニラまれただけだが、空手四段のおれの身がすくんだ」
というのが、そのとき大野に従っていた腕自慢の院外団員――のち学会に入った
男――の感想である。

ともかく、池田はこの不発に終わった会談で、日本の保守政治の指導者たちに、
あらためて愛想をつかしたらしい。同時に、大野は自分の見通しの甘さをのちの
ちまで悔やむことになった。

「あれだけはワシの失敗だった。たかが若い宗教家と思っていたが、相手はこっ
ちの何十倍もえらかった。ワシの一生の不覚――」と、大野は死ぬまでいいつづ
けていたという。

故河野一郎のばあいは、もっと痛烈な目にあった。河野は大野の失敗を伝えきい
て、そのテツをふむまいとしたらしく、自分のほうから学会本部を訪ね、いんぎ
んに自民党――および自分の派閥――への協力を要請した。池田は個人的には河
野に好感をもったようで、微笑しながらきいていたが、やがて顔色をひきしめて
言った。

「河野さん、あなたはたいへんな財産をもっておられるそうですね。あなたの邸
宅もコレクションなども、日本にはなかなかない豪華なものだとか」

「ああ、いや、それほどでもないが、ぜひいちどお遊びにお出でください」と河
野は自慢顔でなにげなく受けた。すると池田は、すかさずきびしいとどめをさし
た。

「ところが河野さん、わたしは郊外に貧弱な家を一軒もっているきりです。たっ
た三間きりのお恥ずかしいくらい小さな家です。つまり私とあなたとは住む世界
がちがう。私は一庶民で、あなたは最大の権力者の一人だ。庶民は権力者を本能
的にきらう。あなたは権力者の中ではなかなか手腕のある政治家だと思うが、そ
れならばなおさら、庶民の大集団である学会の協力をあてにするのはあきらめな
さい!」

これには河野もかえす言葉がなかった。いつもの威勢も失せて、彼はしょんぼり
肩を落として帰っていった。党に帰ったあと、河野はさすがに目先の政治家だっ
たとみえ、「池田がいるかぎり、いつか日本には創価学会の時代がくるぞ」――
側近にこういって唇をかんだという。

無名の貧しい少女に対しては、池田は兄のようにやさしい。しかし、権力や金力
におごった人間にたいして、彼は実に痛烈な小気味いいタンカをあびせるのだ。