投稿者:こんにちは 投稿日:2016年12月 2日(金)20時14分31秒   通報
権力の魔性描いた「動物農場」
No.2

しかし、それでも、おひとよしの、また無知な動物たちは、豚たちを信じていた。やがて、食糧不足と重労働で豚たちは希望をうしなっていった。一番の働き者で、《革命》を支え続けてきたロバのボクサーも、とうとう体をこわした。彼の口癖は「ナポレオンにまちがいはない!」と「わかしがもっと働けばよいのだ!」であった。彼なくして、動物農場の建設はありえなかった。しかし、誰よりも頑健な彼も、無理に無理を重ねて、ついに倒れた。

すると一「ナポレオン」は、彼の大功労をねぎらうどころか、皆をだまして、彼をさっさと《食肉処理》の業者に引き渡してしまった。もはや「自由と平等の世界」の理想は完全に消えうせた。権力による恐怖の支配だけがあった。

ついに「ナポレオン」は《敵》のはずの「人間」と手を組んだ。仏法の世界でいえば、仏法破壊の謗法者と密謀し、結託するようなものである。酒を酌み交わしながら、《動物たちを利用して、もうける》相談をする豚と人間。窓の外から、この様子を見ていた動物たちには、もはや、人間と豚の区別がつかなかった。一。

かくして、動物たちの革命は失敗した。暴君を追い出しても、追い出した者の中から、新たな、より巧妙な暴君が出現する。この歴史の《宿命》をわかりやすく描き出した現代の寓話である。

作家オールウェルが、このおとぎ話を書いた時(1943~44年)当然、ソ連のスターリン主義への批判が込められていた。労働者の解放の美名の裏に、特権階級(官僚)と独裁者と(スターリン)が生まれていることを、彼は見抜いていた。しかし、どうじに、このおとぎ話は、人間が《権力の魔性》を克服しない限り、どんな革命、改革運動も、堕落することを描いている。
そこで、ドイツの救国を掲げたヒトラーの偽善も鋭く批判する結果になった。

左であれ、右であれ、問題は人間だということを、鮮やかに示したのである。では人間をどうするのか。特権階級を振り回す権威的人間を超えて、どう民主的人間を生み出すのか。ここに人間自身を革命しゆく仏法、信心の重大な意義がある。そのうえで、もっと民主的であられる日蓮大聖人の仏法の世界にあっても、権威的人間に支配される可能性は常にある。そうなれば、「広宣流布」の理想は実現できない。

民衆が賢明になる以外にない。そして悪と戦わねばならない。民衆の率直な疑問や希望を権威で抑えつけ、納得も信頼も与えようとしない人々。そうした存在と戦いぬかれたのが、大聖人の御生涯であられた。門下の私どもが同様に、正義を訴えるのは当然である。悪しき権威と一生涯、戦ってこそ、真の「民主的人間」
となる。