投稿者:まなこ 投稿日:2016年12月 1日(木)09時37分54秒   通報
【池田】 自己と宇宙の関係をどう捉えるか、いかにして自己を主体的に宇宙と関係づけるか――そこに哲学、宗教の課題があるといえましょう。

【トインビー】 偉大な宗教、哲学は、すべて生きとし生けるもののめざすべき正しい目的は、その生来の自己中心性を克服し、消滅させること、すなわち自らを捨て去ることにあると説いています。それらはまた、こうした努力は自然に逆らうことであるから困難なことである、しかし、同時にそれ以外に真の自己充足の道はなく、したがって自らの満足と幸福を得る道もない――と一様に説いています。
自己克服とか自己犠牲によって自らの充足を得るというのは、一つのパラドックス(逆説)です。もしこのパラドックスが真に正しいとすれば、一個の生物を宇宙から分離した存在として確立しようとする試みは、自己の独立と優位を主張しようとするその生物自体からみれば自然なことではあっても、宇宙全体からみれば不自然なことになるわけです。 自己中心性(利己性)も愛(利他性)も、ともに“実在それ自体”――明らかに遺伝によって決定される個体とその環境の両方を含む実在そのもの――が、一体不可分であることを証明しています。自己中心性とは、特定の生物を中心としてその周囲に宇宙を方向づけ、それによって一時的、局部的に分離していた実在の再統一を図ろうとする企てです。これに対して愛とは、自己中心性の追求を放棄することにより、また特定の生物を不可分の宇宙に再融合させることにより、実在の再統一を図ろうとする企てです。
このように、愛と自己中心性とは、目的、倫理の面からみればまったく対立するものでありながら、宇宙全体を共通の活動の場とする二つの衝動であるという点では、互いによく似ているのです。このことは、知性による生物体と環境との区分が“実在それ自体”においては存在しないことを示しています。