投稿者:飛翔こそ蘇生 投稿日:2016年 8月21日(日)10時06分10秒   通報
You Tube 2016/05/17 に公開
創価学会 三代会長による宗教改革

から原田会長の言葉を抜き出してみる。

9:17
一人一人が地涌の菩薩の自覚をして
勤行唱題をする。折伏をし
その使命に基づいて大聖人の仏法を実践し
世界に広めていく
その上で、自分も師匠と共に戦おう
という、うねりが起こって
世界192ヵ国・地域にまで広がってきました。
それが我々の宗教改革です。

※何か他人事の評論。
そう思い込む会員を飼育し
利益につなげる経営者の視点。

14:57
世紀の殿堂である正本堂が完成した折に
正本堂完工式という盛儀が行われまして
そこに世界各国の大使や公使などの外交団や
日本の各界の著名な方々が多数
来賓として参加してくださいました。
かつ、池田先生が世界的に活躍される
ような時を迎えていました。
そうした池田先生の存在に
間違いなく宗門は嫉妬心を抱いた。
そしてまた、あれだけ素晴らしい
正本堂を建立したという、そういうことについて
創価学会の底力に、ある意味で
コンプレックスを抱いた。

※虚栄心旺盛な切り口。
自らのコンプレックスの強さ。

16:47
山崎正友は池田先生が
小説「新・人間革命」正義の章において
山脇友政と
彼のことを書いておりますけれども
彼は宗門側には
反学会感情を煽るような情報を流す。
宗門側には「自分が参謀役になって
学会と宗門の関係を納めますから」
このように
宗門を言いくるめて懐に入る。
一方、学会に対しては
そんなことは
まったく知らぬ存ぜぬの顔で
「宗門との関係は
私がやりましょうか」と
いうふうにしゃしゃり出てきた。
このように、この人物は、極めて
稀代のペテン師と言ってもいいし
マッチポンプと言う通途な表現では
表現しきれないぐらいの
大変な謀略そのものの男だと。

※あくまでも昭和54年は
山崎正友一人が悪いというような論調。
その時自身がどう戦ったかが無い。

18:25
数多くの坊主たちが
彼が流布した、デマを掲載した
週刊誌を振りかざしながら
「創価学会では成仏できない」とか―
「創価学会を脱会しろ、そうしないと
葬儀に行ってあげない」とか―
あるいは、あまつさえ
葬儀の場で「学会員は地獄に堕ちる」
だとか―
とんでもないことを
言い出しました。
池田先生が「新・人間革命」正義の章
でも書いて下さっていますけども
そういう悲惨な状況が
全国各地から報告が入って参りました。

※「全国各地から報告が入って」とは
時流に負けた言い訳?
当時、副会長で北海道総合長。
信平の金銭問題の報告も
入ってくることになったと思うが
いったいどういう対応をしたのか?

いろいろ調べ中です。

昭和42年
矢野絢也衆議院議員初当選
昭和43年
新宿替え玉投票事件
昭和44年
言論出版妨害事件
昭和45年
宮本顕治宅盗聴事件

昭和47年
正本堂完成
日中国交正常化

昭和50年
創共協定公表
昭和51年
月間ペン事件

こういう体質ってずっと
続いているんですね。

元創価学会職員3名のブログの「8.20安保法制と憲法について考える会」に参加
した方々、お疲れ様でした。

情報ありがとうございます。