投稿者:無冠 投稿日:2016年 8月19日(金)21時37分37秒   通報
全集未収録のスピーチ144編の各抜粋(聖教新聞 2006.5~2010.4)を掲示します。

2007-8-28 【方面長協議会】

■ 一、きょうは各方面、そして青年部の代表が、元気に参加してくださっている。
 遠いところ、本当にご苦労さま!(大拍手)
 恩師・戸田先生は叫ばれた。
 「日蓮大聖人は生涯、戦われたではないか。
 御書には、『仏法と申すは勝負をさきとし』と仰せではないか。
 だから我々は、広宣流布のために戦う以外にないではないか!」
 これが、私たちの決心である。
 我らの武器は何か。
 それは「言論」である。言葉は「弾丸」だ。口は「鉄砲」であり、「大砲」である。
 正義の言論で敵を打ち破る。仏の軍勢を広げていく。これが広宣流布の大闘争である。

●惰性に打ち勝て
 一、小事が大事だ。何気なく見過ごしていることの中に、大きな問題の根が隠されている。
 指導者は、とくに学会の最高幹部は、少しも油断があってはならない。
 悪や不正を見ても、何も言わない。戦わない。だれも責任を取らない。そんなことでは、簡単に魔に付けいられる。
 牧口先生、戸田先生が、そしてこの私が、命がけで築き上げてきた正義の創価学会である。
 生半可な気持ちでは、この民衆の城を護り抜くことはできない。
 師弟の精神を根本として、自らの心に巣食う慢心や慣性と絶えず戦っていくのだ。
 重大な責任感をもって、学会厳護の指揮を執っていただきたい。

●下から上へ新しい知恵を
 一、牧口先生は「下から上を動かせ」と教えておられた。
 学会の発展のため、前進のために、上に対しても、どんどん意見を言っていく。新しい知恵を出し合っていく。それが、ますます重要だ。
 毎日が新たな出発だ!
 これからだ!──そういう「本因妙」の学会で行くのだ。

●建設は死闘破壊は一瞬
 一、戸田先生は叫ばれた」。
 「本陣のリーダーは、同志のため、学会のため、令法久住のため、不惜身命の実像を示してゆかねばならない」
 最高幹部が不惜身命の精神を失えば、学会は崩れていってしまう。
 私は、広宣流布のため、同志のため、師匠のために、すべてをなげうって戦ってきた。だからこそ、学会は世界的な発展を遂げたのである。
 先生は師子であった。堕落した幹部に対しては、それはそれは厳しかった。
 特に、金銭にだらしなく、学会に迷惑をかけるような人間は、絶対に許さなかった。「金に卑しい幹部がいたら、すぐにやめさせなさい」とまで、言われていた。
 牧口先生もまた、金銭については潔癖であり、厳格であられた。
 ”牧口先生は、人格高潔にして、一文半銭たりとも貪ることがなかった。清貧に甘んじて、こと不義と名のつくものには、仮借なく、これを責められた”と戸田先生が述べておられたことも、忘れられない。
 インドの大詩人バルトリハリは綴った。
 「繁栄は無策から、財産は浪費や怠慢により滅びる」(上村勝彦著『インドの詩人』春秋社)
 本当にその通りだ。建設は死闘、破壊は一瞬である。
 学会は昔に比べれば、建物や施設の面でも格段に発展した。豊かになった。しかし、それを当たり前と思うようなことがあっては、絶対にならない。
 学会の財産は、会員の皆様の真心の浄財によるものである。学会本部や会館の備品一つにしても、決して粗末に扱ったり、無駄にすることがあってはならない。いい加減に考えてはならない。
 他方で先生は、こうも語っておられた。
 「私は、広宣流布のため、御本尊のために自分の金を使うのは、当たり前だと思ってやってきた」
 戸田先生は、牧口先生の時代から、学会の財政面の運営についても責任を担っておられた。広宣流布のために、自分のすべてを捧げるのは当然だと考えておられた。
 もちろん今は、時代も状況も違う。しかし、こうした「精神」を、最高幹部の皆様は断じて忘れてはならない。

●行き詰まらない不幸にならない
 一、「立正安国」の哲理を根本として、「悲惨の二字」のない世界をつくりたい──これこそ、恩師の悲願であり、我らの誓願である。
 猛威をふるう自然災害に直面した時にも、わが創価の同志の連帯は、厳然たる、地域社会の「安心の柱」となってきた。
 私と妻は、愛する全国の友が絶対に無量無数の諸天善神から護りに護られるよう、朝な夕な、題目を送り続けている。
 戸田先生は語っておられた。
 「日蓮大聖人の教えは、宇宙大の生命力を発揮する教えである。
 生老病死という事象、天変地夭のような大事象にあっても、決して行き詰まることなく、堂々たる生命の闊歩ができるがゆえに、絶対に不幸はない」
 私たちが日々、読誦している法華経寿量品には「我此土安穏 天人常充満」──仏が住む国土は安穏であり、常に天界・人界の衆生で満ちている──と説かれている。
 偉大なる妙法に生き抜くならば、必ず、わが方面、わが地域に、何ものにも崩されぬ常楽我浄の仏国土が建設できる。この強き確信で、進んでいっていただきたい。

●三代の闘争に大乗仏教が脈動
 一、創価三代の正義の大闘争を、世界の一流の識者は、高く評価してくださっている。
 ハーバード大学のドゥ・ウェイミン博士は、私との対談集の中で、こう言われていた。
 「(国家主義や宗門の権力と戦い抜いた)創価学会の指導者たちの勇気ある良心的態度に、深く感動します。
 牧口会長から戸田会長、池田会長に至る三代の系譜にこそ、大乗仏教の本来の精神が脈動していることを、改めて感じます。
 反対に、偏狭で保身の僧らに見られる、世俗主義と権力への服従は、大乗仏教の核心である人間主義を深刻に害したといえます」(『対話の文明──平和の希望哲学を語る』第三文明社)
 深いご理解に感謝したい。
 三代の死身弘法の魂を、何があっても受け継いでいくのだ。師弟の精神こそ、学会の魂である。この魂ある限り、永遠に創価は栄える。 師匠がいるうちは仮面をかぶって忠実を装っているが、厳しい眼がなくなると、途端に己の欲望をむきだしにする。そういう輩は、いつの時代にもいた。勝手気ままな振る舞いを、決して許してはならない。けなげな庶民が、かわいそうだ。
 創価の民衆の城を、わが身を大地に叩きつけても護り抜いていくのだ。私は、そうやって戦ってきた。だから学会はここまで発展したのである。

●「一日見ず、三月の如し」
 一、同志の団結が勝負を決する。
 戸田先生は、近代日本の夜明けを開いた志士の一人、高杉晋作がお好きだった。晋作といえば、「奇兵隊」が有名である。
 晋作の師匠・吉田松陰は、時代を変えるには民衆の力しかないと結論した。晋作は、身分を問わず有志を集め、民衆の部隊・奇兵隊をつくった。
 晋作が、同志の桂小五郎に送った書簡には、次の一節が見える。
 「一日見ず、三月の如し」(堀哲三郎編『高杉習作全集(上)』新人物往来社)
 ”一日会わないでいると、三カ月も会ってないように思える”との意である。同志を大切に思う真情があふれている。
 学会もまた、同志を大事にしてきた。位や権威ではない。同志の心と心の結びつきで勝ってきた。
 ”自分さえよければいい”というのは権力の魔性だ。傲慢な人間、威張る人間は、学会に必要ない。
 「身軽法重(身は軽く法は重し)」である。「不自惜身命(自ら身命を惜しまず)」である。大事なのは「自分」ではなく「法」である。それが仏法だ。また、広布を進める唯一の和合僧団たる学会を護ることである。
 学会は、師弟の精神を根本として、全員が平等の世界だ。特権や差別など、断じて許してはいけない。学会は、どこまでも民衆のために存在し、民衆のために戦う団体として前進していくのだ。
 上の立場にある人間が、謙虚に、謙虚になっていくことである。
 リーダー一人一人が、断固たる自信と、崇高な信念を持ちながら、最高の礼儀と慈愛にあふれた指導者に成長していただきたい。

●皆が喜び勝てる名指揮を執れ
 一、戸田先生は、よく言われていた。
 「汝自身に力をつけよ。汝自身に悔いなき信念を持て!」
 「力を持て! 全軍が勝利の方向に進めるよう、模範となっていけ!」
 広布の戦いに、全部、勝てるように、そしてまた、皆が喜んで戦い、勝っていけるように、しっかり祈って、名指揮を執っていただきたい。
 祈って祈って祈り抜いて、語って語って語り抜いて、礼を踏み、誠意を尽くし抜いていくのだ。
 気取りがあってはならない。師匠のため一心不乱に戦い、身を粉にして同志に尽くしてこそ、本物の弟子である。
 皆からよく見られようとお世辞を使ったり、人気取りに走るのは、本物ではない。それは見栄である。その点、戸田先生は、本当に厳しかった。要領があってはならない。ずるい幹部ではいけない。
 私は、戸田先生のもとで、先生に喜んでいただき、社会から「さすが学会だ」と讃嘆されるような前進を期していた。日本中の度肝を抜くような勝ち戦をしようと決めていた。そして、その通りに実行した。
 さあ、きょうから、全員が「勝利」を合言葉に戦っていこう!
 同志のため、日本のため、世界のために。
 そして、自分自身の栄光の人生と、創価の師弟の勝利のために!
 どうか、体を大事に。
 壮年部は、奥さんによろしく!
 婦人部は、ご主人によろしく!
 青年部は、お母さん、お父さんによろしく!
 同志の皆さんに、くれぐれもよろしく!(大拍手)