投稿者:赤胴鈴之助 投稿日:2016年 7月 2日(土)02時11分3秒   通報
創価教学研究室(赤鬼のブログ)さんよりデータを頂きました。ありがとうございました。

上野殿御返事(梵帝御計事)2012:09月号大白蓮華より 池田先生の講義  6

原文
千丁・万丁しる人も、わづかの事にたちまちに、命をすて所領をめさるる人もあり、
今度、法華経のために、命をすつる事ならば・なにはをしかるべき、
薬王菩薩は、身を千二百歳が間・やきつくして、仏になり給い・檀王は、千歳が間・身をゆかとなして
今の釈迦仏と、いはれさせ給うぞかし、

現代文
千町・万町を治める富める人でも、、些細なことに、たちまちに、命を捨て、その所領を、取り上げられて
しまう人もいる。
このたび、法華経のために、命を捨てるということならば、何が惜しいことがあろうか。
薬王菩薩は、身体を千二百歳が間、焼き尽くして、仏になられた、須頭檀王(すずだんおう)は千年の間、
身を床として、今の釈迦仏と、いわれるようになったのである。
原文
されば・ひが事をすべきにはあらず、今はすてなば・かへりて人わらはれになるべし、 かたうどなる
やうにて・つくりおとして、 我もわらひ人にもわらはせんとするがきくわいなるに・よくよくけうくん
せさせて人のおほくきかんところにて・ 人をけうくんせんよりも我が身をけうくんあるべしとて・かつぱと
たたせ給へ、

現代文
したがって、心得違いをなすべきではない。
今、信心を捨てたならば、かえって人に笑われることになるであろう。
味方のような、ふりをして、偽って、退転させ、自分も、嘲笑し、人にもわらわせようとする、けしからぬ
者達に、よくよく、教訓させておいて「人が多く、聞いているところで、人を教訓するよりも、自分を教訓し
なさい」といって、勢いよく、座を立たれるがよい。

講義
今こそ、まことの時
障魔に、打ち勝つための、振る舞いについて、重ねて、アドバイスされながら、どこまでも「信心」を
貫くことが、一切の肝要であるとご指導されています。

広大な領地を治める富める人でも、些細なことで命を失い、所領を取り上げられることがある。
それを思えば、今、法華経のために、命を捨てることができる、好機が、到来するならば、何を惜しむことが
あろう。
薬王菩薩は、千二百歳の間、肘を焼いて燈明として、供養して仏になった。
須頭壇王は、千年の間、身を床とするなどして、師に仕えた功徳で、釈迦仏となった。
いずれも人々を救うことを目指し、仏となる求道の修行を貫き通したからこそ、大境涯を得ることができた
と教えられています。
さらに大聖人は、ゆえに心得違いをしてはならない。

今、信心を捨てたならば、かえって人の、“笑いもの”となるであろう。
味方のふりをして退転させようとする者たちは、殿を“笑いもの”にする輩だ。

何か教訓してきたら、十分いわせておいて、「それより自分を教訓なさい」と言って、毅然と席を立たれるが
よい。と仰せです。
大聖人は、時光に対して一貫して「堂々と確信を述べよ」「覚悟を決めよ」「怖じ恐れるな」という姿勢を
教えられえいます。

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時光に対して一貫して「堂々と確信を述べよ」「覚悟を決めよ」「怖じ恐れるな」

この教えは、我々への叱咤激励と捉えなければ、羊か?ウサギ?と先生に叱られると思いますが
この板の武者は師子となって、健闘し、私と共に、奮起しませんか。