投稿者:通りすがりの仮面ライダー 投稿日:2017年 7月 7日(金)12時23分9秒   通報
◇「だれも来るな!」

深夜、大阪の会員が泊まった大石寺の宿坊で、黒い人影が動いている。
足を忍ばせながら、布団をはねとばしている人に、かけ直している。
“だれ……”。気配で目を見ました会員が、寝呆け眼を暗闇にこらすと、池田室長その人であった。

寝息を立てている会員は、何も知らない。表で「不寝番」にあたる役員に小さく声をかげながら、宿坊を去っていく。こうした態度は、後に会長になってからも変わらなかった。

「学会員が無事に大石寺に到着するか。無事故で帰ったか–池田先生は、登山会中は心配で夜も寝られない様子でした。近くで見ていて、よく分かりました」(平野惠万)

気候の影響などで、登山列車や船が乱れると、会長は最優先で詳細な報告を求め、激励の品や伝言を送った。
カメラマンの斎藤。忘れられない写真がある。

一九七〇年(昭和四十五年)八月二十二日。大石寺では朝から女子部の夏季講習会がスタートしていた。だが、四国勢の姿がない。

前日、台風十号が四国を直撃し、交通機関がマヒしていた。予定の経路を変え、何度も乗り継ぎながら大石寺をめざしていた。

その報告が遅れた。池田会長の耳に入ったのは夕刻だった。
「みんな集まれ!」
雪山坊の一階に幹部が、おっとり刀で集まる。

「どういう状況なのか」
「差し入れはしたのか」
寂として声無し。何の手も打たれていなかった。

叱責が飛んだ。
「こんなに人間がいて、どうして何もしないんだ。なぜ何もできないんだ」
「今すぐ炊き出しをして、食べ物を届けろ」
「水と毛布も用意して激励に行け」

怒髪天を衝く勢いである。指示を伝えた後も、怒りは収まらない。「会員を蔑ろにする」「戦いが後手に回る」。これほど会長の怒りを誘発することはない。

四国の女子部員が、かわいそうだ。放っておいた幹部も許せない。目の前で何もできない。してあげられない。もどかしい。

「だれも来るな!」
それほど憤慨やるかたなかった。浴衣姿のまま、宿坊にしていた雪山坊を出て、正面を流れる潤井川の堤に跳び上がった。腕をまくり、ドカッと胡座をかく。

川も荒れていた。じっと流れに目を落としたまま動かない。
来るなと言われたが、斎藤は追いかけた。「会員のため」。口では何とでもいえる。
だが……会長の背中からは、怒りの炎が見えるようだった。歴史に留めたい一心で、シャッターボタンを押した。

◇六五〇〇人が危ない

「台風十九号は、日本海を北上しながら……引き続き十分な警戒が必要です……」
一九七一年(昭和四十六年)八月五日。富士宮市庁舎。流れるニュースは、台風の進路を刻々と伝えていた。

“まずい……”
市長の山川斌は、困惑した。

このままでは、富士山麓の朝霧高原にいる六五〇〇人の生命が危ない。ボーイスカウトの大野営大会(世界ジャンボリー)が台風の暴風圏に巻き込まれる。

午後六時前。山川は受話器を握った。ダイヤル先は、創価学会の夏季講習会が行われている大石寺の輸送センターである。

市長からの「避難要請」を受けたのは平野惠万。ただちに宗務院に一報を入れた。

ベルを鳴らしても出ない。「早くしてくれ」と気がせく。ようやく渉外部長の吉田義誠(日勇)が応答した。
「それは困りますね……。彼らが来ると、汚されるでしょ」
汚される? 耳を疑った。

「まあ、学会に任せるので、責任をもってやってください」
完全に丸投げされ、電話は切られた。


雪山坊にいる池田会長に緊急事態を伝えた。
「受け入れよう。人間として当然だ」

即断即決。
「出かけるよ。車を頼む」

◇真っ先に売店へ

車は雨を切り裂いて走った。
「この店の前で止めてくれ」
総坊前の売店である。ちらりと腕時計を見る。午後六時十分。

目当ての品物を注文した。
「タオルがありましたね。八○○本。全部ください」

目を丸くする従業員。なぜタオルの在庫を知っているのか。車にタオルを積み込み、大石寺の休憩施設へ。ちょうどボーイスカウトの第一陣が到着したタイミングだった。

「ようこそ。歓迎します」「風邪をひかないように」。一人一人にタオルを手渡した。

随行していた青年がうなった。
「だから、あの店に行ったのか!」
大石寺には当時、約一六〇の売店があった。会長は、その一軒一軒を知悉していた。

日ごろから売店組合の代表と懇談し、自ら売店に足を運んだ。
「儲かってますか」「扱っている商品は」「在庫は」。経営に耳を傾けながら、店の商品構成まで頭に入れていた。

「次は大講堂だ」。ロビーに机を運び、仮設の指揮本部が置かれている。
すでに矢継ぎ早の指示で全山が動いている。

「学会の行事は変更。大講堂や大化城も使えるように」
「あと何分で到着か」
「暗いし、寒い。かがり火を焚こう」
「誘導に役員をつけて」
「毛布の用意を」
「温かいシャワーを使えるように」
「倉庫にあるものも全部、出して」

またたく間に、救援物資を集めた。パン一万四〇〇〇個、おにぎり二〇〇〇個、スイカ二○○個、ジュース三〇〇〇本、毛布三〇〇〇枚、タオル二二○○本……。

大石寺とその周辺は、たなごころの中にある。脳裏に詳細な“境内地図”を広げ、大講堂の前線基地で陣頭指揮を執った。

大石寺の役僧たちは、ちらちらと様子を覗きに来ただけだった。宗務院と交信した平野に“もし境内が汚れたら、きれいにして返してくれ”と暗に、ほのめかしている。

ボーイスカウト全員が床につくまで見届けた会長が雪山坊に戻ったのは、午後十一時半だった。

後日。

ジャンボリーの運営本部は、あらかじめ宗門側に「万が一の時は、緊急避難をさせてもらいたい」と要請済みだったことが分かった。

宗門は、それを学会に伝えてもいなかった。